雑感-夢をもつことは良いことか?

成人式に絡んだキリンビールのリリース。
「夢をあきらめた」時期は平均で24歳、約半数が才能の限界を感じたから

若い子にかぎらずに夢を見るというのは大切なことだというのは、多分多くの人にとっての不文の価値観だ。夢を持つことは素晴らしく、夢を持つことによって素晴らしい未来が待ってると。
本当か?本当に夢を持つことはいいのか?

以下。

 

たぶん、みんな知ってると思うのだけど、
われわれの人生というのは、人生を終えるまで毎日続く。
逆の言い方をすると、
死ぬまで絶対に生きてるわけだ。生きてる限り毎日は延々につづく。
何が言いたいのかというと、これが映画や小説と我々の人生の違いなのだ。
映画やドラマでは夢が叶うと壮大なファンファーレが流れ、人々は拍手喝采をし、エンドロールが流れる。いやー良かったねと。これぞドリームだよと。夢は信じれば叶うんだ。と。

ただし、映画やドラマはそれでいいのだけど、僕らの人生は残念ながらそこで終わらない、夢を叶えたあとも、人生は続く。アンチクライマックスの皿に大量に盛られた日々の雑事は川の流れのように流れつづける。

あの世界チャンピオンも、あの歌姫も、あのシュールな芸人も、ひとつずつ例をあげるまでもなく、夢を叶えたあとパフォーマンスを発揮し続けた人はあまり居ない。
その後の凋落やよたれ方が先に浮かぶことも多いはずだ。

 

今から200年以上前にベンジャミン・フランクリンが
「誰でも成功できるということは、誰でも破滅できることと同義だ。」
と言った。

いまコンテンツビジネスで飯を食える人は一握りだ。
人々の時間はどんどん削られ、データは毎日コピーされ、
コンテンツにお金を出すという層はどんどん少なくなってる。

すなわちそれはコンテンツで飯を食うことの難しさを表してる。
音楽を例にあげれば、日本人ひとりのCD購買金額から、アイドルの音楽売上枚数を減らした金額を出して、現在のアーティストの数で割ってみてほしい。
たぶん、食えるわけないという結論に至るはずだ。
まずひとりの成功者(のように見える人)の陰に死屍累々の山が築かれてる。
それらの名も無き死体たちは、努力が足りなかったから死んじまったのか?
Never give up?
Up to you?
Really?

僕は、生きる目的は固定された夢や目標の達成したかどうかではなくて、
日々の生活に遷移していくなかに目的を(目的に似たようなもの)こしらえて、
そこでいかに力を出すか、もしくは自然と力を発揮したいと思うかが大切に思うのだ。
別の言い方をするのではなく、その何かに向かう自分の身の動きのパターンの中に目的を構築するというやり方だ。

ケーキ屋になるのが夢ではなく毎日おいしいケーキを作ること。
メジャーデビューや武道館ではなく、良質な音楽を作り続けて、パフォーマンスを出すこと。
これは全ての頑張りが、日々のサイクルに変わる。夢のための努力ではなく、毎日手応えを感じるための手段に変わる。
僕が夢が必要なのか?というのはそんな文脈からだ。

日々手応えを感じて、十全な日々を過ごすというのは、ちょっとやそっとで出来ることじゃない。
そのサイクルを構築できれば、それより望むべきことは無い気がするのだ。
Up to you!


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