仕事-通勤電車の効用

とある小説家が通勤は人生の消耗という文章を書いており、
それについて考えてみる。

俺ももともと通勤はムダ派であり、職場徒歩5分ぐらいに住むという生活をしていたのだけど、最近多くの時間を通勤電車で過ごしてみて、一概に消耗とはいえないのではないかという思いが。
ってなことを以下にて。

 

通勤時は通勤の環境と条件と制限があり、それを上手く活用した過ごし方をすればボチボチメリットはある。
というのも、電車の空気は集中にも向かないし、でも何もしないと退屈だし、という時間にしか読まないであろう本というのは存在してて、今通勤で読んでるのは相続税の本なんだけど、この本を通勤以外で読むのは結構厳しい。

というのも、家で本を読もうと思うと、仕事に関連した本だったり、読みたかった旅行記だったり、それより、ついつい仕事をしてしまうので、通勤ぐらいいくつもの制限があると、まあ暇だし読もうかなとみたいな感じで相続税の本に手が伸びる。そして読んでみると、わりと楽しかったりするので、なかなか手が伸びない本は通勤では最適だ。

あと通勤時は、時間的に、今からの仕事のシュミレートに向いてる。
今日はこれやって、あれやって、あんな話が出るはずだから、これを抑えてみたいな部分の想定に向いてる。
それによって記憶の重ね記憶みたいな形になり、メリットあり。そしてなにより仕事のスピードは段違いに向上する。

最後に細かい部分で言うと、
通勤があるとONとOFFの切り替えがしやすく、仕事を一歩離れて俯瞰視できる良き部分だ。

あと地味に、今から電車で帰ることを考えると、飲みのもう一杯に対して強力な抑止に働く。
近場に住んでるとタクシー手段は強力な一手であり、現在のタクシーになれば1万は軽く飛ぶってなるとまず電車を意識する。
んで電車に50分も揺られて家につけば、もうちょっと飲もうみたいなキモチもなくなっていて、サクサク寝れる。
ここらも良き側面だろう。

とはいえ、俺は始点近くの駅だもんで(阪急河原町と京阪三条)行きは99%座れるという強みがあり。
あとまず9時から打ち合わせは絶対に入れないし、だいたい10時だし、そこまで混んでないし、朝はコーヒー買って、ゆっくりパソコン開いて仕事してるし、俺ぐらいの混みレベルが通勤について語ってはいけない気がしてきた。どうしよう。

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