雑感-聞かれると固まる質問

まあ実際には誰も興味ないし、世間話だと思うのだけど、聞かれると固まる質問(イヤな質問ではなく固まる)としての一番は「好きな音楽なんですか」だ。
これはなんて答えればいいのか、本当に悩む。変に色が付くのもあれだし、何でも聴きますっても盛り上がらないし、とはいえ別に音楽詳しくないしで、悩む。

というわけで好きな音楽についての文章・・・・って言いたいけど、実は前回の続きで音楽の文章って書けるのかと思ったのでチャレンジしてみたいなと。

 

自分が音楽が好きというのは全然思わなかったのだけど、改めて自分の音楽との付き合いを考えると移動中も、仕事してるときも、スポーツしてるときも、散歩してるときも、メシと寝ると打ち合わせ以外は音楽聞いてるなと。そう考えると1日12時間ぐらいは音楽聞いていて、もしかすると趣味と言ってもいいレベルかもしれない。
とはいえ、系統的に音楽を聞いてきたわけじゃないので、本当の音楽好きを前にすると萎縮してしまうし、実際音楽好きなんて自分でも全然思わない。

それを踏まえて好きなアーティストを言うのであればRadioheadと答えるかなと思う。少しの恥ずかしさを持ちながらRadioheadかなと。
少しの気恥ずかしさというのはオレが20歳前後であれば、もう毎日アホみたいにトム・ヨークを聴きまくってるだろうなと思うけど、既に33歳だ。Radioheadを聞きながら世界に向かい合う-もしくは逃避する-には年を取ったんだろうなと思う。それでもRadioheadと答えてしまうのは、Radioheadしか無いなと思えるシーンが1日に何度か訪れるからだ。
ここは彼らに任せようかなと思えるシーン。替えの効かない音楽性、それらのシーンの強度を高める音楽性。いまの足りない部分を際立たせる音楽性。それがRadioheadにはある。
もう少し言葉を考えてみよう。それは一体なんだろう。と。うーん。

いや難しいな。ちなみにボクが日常的に聞いてる音楽は、この季節であれば、R.E.M.が多い。
うなだれるほどに暑く、いくつかの大きな雲とお馴染みの太陽がジリジリとあたりを遠慮無く照らてるなかランニングをしてる時にはついR.E.M.を聞いてしまう。
川を北上しつつ、日陰の中、たまに川から時折流れてくる冷気と、クールな白鳥のような鳥(最近それがサギだと知って愕然とした)を横目に彼らの音楽を聞きながら、ランニングをしているととても幸福なキモチになる。川はいつまでも途切れること無く流れ(休んでるのを見たことがない)、その横を走りつつ意味があるのか無いのかわかんないような変な雲の動きを見ながら彼らの音楽を聞いてると、世界はだれがなんといおうと回っていくんだよなー。という気になってる。
R.E.M.の音楽は肩肘の張らない音楽だ。リズムは一定であり、メロディーはどこまでも自然だ。そして常に姿勢は一貫してる。歌詞の意味はよくわかんないけど。それでも音楽を通じて、その姿勢に触れていると、とてもポジティブなキモチになってくる。

そしてRadioheadだ。ふーむ。なんだろうな。
Radioheadの音楽を聞いてると、そうだなあ。自分の問題だと思ってたことが、もうひとつ上の階層に持ち上げられ、階層的な問題を普遍的な問題として共有される。みんなそうなんだよね。というように。
それでも問題への解決や救済はあまりない。世界において強い暴力に晒さている弱者の存在を強く意識させるような音楽だ。
ボクはRadioheadのOKcomputerではただのクールなバンドだと思ってたのだけど、KID Aを聞いてあまりの格好良さにノックアウトされてしまった。
彼らはKID Aを通じて人間性としても芸術性としても音楽性としても、もうひとつ高いところに達してしまったように思う。良かれ悪かれ。
そして、それは繊細で自閉的な人が作り上げる最高峰の陰鬱な音楽なのかもしれない。ただそこに美しさがある。救いはないのかもしれないが、そこに共有感が有る、孤独との向かい合い方や孤独との距離感が少し変わるような気がする。そしてそれはやはり誰がなんと言おうと音楽のひとつのすばらしい達成だと思うのだ。

というわけで、そんなことを言いたいけど誰も興味がないので、やはり気恥ずかしくRadioheadがまあ好きかなと答える日々をもう少し生きようと思う。


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