雑感-オーラがある人と、オーラがない人

タイトルに沿って言えば、ボクは間違いなくオーラが無い。
世の中には色んな人が居るもんだけど、こんなにオーラが無い人も居るんだというぐらいにオーラが無い。
以下にて。

自身オーラの有無を理解するに一番なのは飲食店に入るときだろう。
シックなBARとか格調高めのイタリアンなんかに行って、どの席に配備されるかで大体の自身のオーラが判定できる。
ボクだと、まあまず良い席に配備されることはない。
ビシビシスタッフが通る席であったり、客が来店する度に外の寒風が吹きつける玄関近くの席であったりする。
「他にも良い席が一杯空いてるのに・・・」「事前にご予約のお客様で一杯のため、ご理解を」みたいな顔をされる。しょっちゅうである。

あとは人に話しかけられるかどうかもオーラ判定として使える。
だって高倉健に気軽に話しかけられないですよね?
というわけで基本話しかけられる。なんだったら少し離れたところであれば呼び戻されたりする。
先日、イヤフォンしながらランニングしてるなか呼び止められて、今何時か分かる?とオバチャンに聞かれたこともある。走ってて呼び止められて仕方ないと思うのは、この先侵入禁止とか強盗犯の強盗時ぐらいである。走ってるヤツを止めて時間を聞いても大丈夫と思われるオーラってどんなだよ。と改めて自分のオーラの無さに呆れた。
もう書き始めるとキリが無いぐらいに色々ある。最近は日本人だけじゃなくて外人にも話しかけられる。そしてよく学生さん?と言われる。お酒頼んで断られる可能性もあるのかしらんという気になってくるから情けない。俺がもう少し大人しい職に従事してるならいいのだけど、仕事上結構リーダーシップを発揮する場面が多い。え?井上さんが責任者なんですか?スカウトマンだと思ってたと。もう5回以上会ったコーディネーターから言われて、ガックリきた。

とはいえ、これは相手が悪いのではなく、どう考えてもオーラを有さない人物の責任である。世界はそのようにできているのだ。
たださ、これは学生ぐらいからそうだったように思う。オーラを有した学生では無かったと思う。目立たない少年でも無かったと思うのだけど、決してオーラがある少年ではなかった。
自身のオーラが無かった人生を振り返ってみると、営業なんか行っても嫌われないような気がするし、相手を緊張させないし、良い面もそれなりにある。

でもさ、オーラがある人の人生はそれなりに大変だろうなと予想する。
人からの好きであったり、アナタが必要であったり、明日の飲み絶対来いよだったり、相手からの求められる強度が強く大変そうだ。
他人からの好意とかお節介とか、ボクに振りかかる何倍もの強度で振り抱えるのを考えるのを想像するだけで鬱陶しい。
あわせて自分の予期しないところでの悪意や妬みみたいな感情も受けることになるのは間違いない。
そしてちょっとした飲み会みたいな時でも手を抜くことはできない。ヨレヨレのシャツとかNGなんだろうなと思う。

そしてオーラの難しさは永遠にキープするのが非常に難しいところにある。
一気にオーラが吹き出して枯渇して、全くオーラが消え去ってしまうこともある。
10代の頃にオーラがあって、今それらのオーラが消えてしまった人は多い。
どのようにしてオーラは消えてしまうのが、未だによく分からないが、何故か一度消えてしまったオーラを再び放出する可能性はスゴく低いのだ。
そう思うと、そのbefore afterが見られないのは良かったのかもしれないが、さすがにもう少し温かい埃の立たない席に座って静かに食事をしたいのだけども。


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