雑感-読書について思うこと

人から「もっと読書したいけど、出来ない」という話しを聞くのだけど、それって時間や習慣の問題ではない気がする。
まず日々の生活で情報が足りている、知りたい事や考えたいことが無いのであれば、別に本なんて読む必要が無いように思う。
それらの問題ではなく、読書が出来ないのは自分がどんな情報を必要としてるか分からない、もしくはもっと優先することが一日にある。
という問題かなと思う、問題なのか知らないけど。

わりとボクは本を読んでる方だと思うけども、今まで本を読んで能力がアップしてる実感はなく、単純に知的好奇心を満足させる理由以外にない。
そして知識の取得を目的とすると読書は毎度ダルいんだけど、必要に駆られて情報を取るに限り読書は非常に楽しい。
本から学べ!とか言われると、やっぱしんどい。ですよね?

ボクが思う読書の喜びというのは、
・自分が知りたい/考えたい事について書かれた本を探す
・その本の目次から内容を予測する
・予測内容を頭に入れつつ筆者からの見解を聞く
・その見解について考えてみる
・自分なりの意見をまとめる

その繰り返しにおける検証の喜びに思う。
そして、これ人との会話と似てて。
・自分の話したい内容と相手の話したいことや考え方を考えてみる。
・自分の話をしつつ、彼/彼女の話を聞いてみる
・それについて考える
・その意見を言う

という繰り返し。
なので、良い本を読むと誰かと会話してるような喜びがある。基本的には誰かと飲みに行って、別に「相手から知識を得よう」みたいなことをあまり思わないと思うのだけど(そんな飲み会ダルすぎる)それよりも相手の話した内容から自分の脳が刺激されたりが、どんな内容を話すのかというのが楽しい。
なので人との会話で相手の意見を予想したり、相手の話したいことを考えたくない自分の話しのみをしたいという人は読書には向いてないのかもしれない。

そしてそれが自分が欲してる情報であればもっと楽しいというわけだ。ちなみに小説の場合はちょっと違うんだけど。対話という観点では似てる。滋養のある小説だと活力が戻る感じがする。

ちなみに関係ないんだけど、読書の良さのもうひとつの側面として、頑張ってる風っぽく思われる点がある。
仕事中の読書はNGとしても、夜に「友達と遊んでた」というよりも「ファイナンスの本を読んでた」というと、何か「頑張ってる」感じがする。読んでる自分としては遊んでるのと何ら変わりない感覚なので申し訳なさを感じつつ。ただ長期的にはパフォーマンスにつながったりもするので(たまに)&自分としても刺激が足らなくなり困るので、後ろめたさを感じつつ、みんなが頑張ってるときに読書をしてたりする。

まあ読書ってそんな感じな気がするので、他で上手に補完できてるのであれば別に読まなくも良いような気がする。
そして読書はわりと金が掛かるので(月2-3万ぐらい行くので娯楽としては結構な金額に思う)そこらも考慮されると。

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