雑感-自分の方向性

tum80

最近、とてもとても自分という人間が腑に落ちたことがあり、それについて書いておきたい。
その観点から自分という人間を見たときに、その方向性と自身の行動がピタッと一致しており、全ての理由が整合し、とてもクリアになった。
方向性の言語化は難しいけど、何らかのインプットからのアウトプットである。それらは本エントリーを読めば大体理解できるので、具体的な言葉は見てる人に任せたい(誰も興味ないけど、備忘ログなのでお許しを)

例えば自分の行動をいくつか挙げると。

・毎日いろんな本を読む
このスタートはアウトプット目的で、自分はこの図書館の本を全部読んだら、どんな考え方になるのだろう?と思い、取捨選択をせずに片っ端から本を読み始めて、これは12年後の今でも習慣のひとつで続いてる。なので何を読むではなく、基本何でも読むの雑食読みである、小島信夫からレイモンド・カーヴァーまで(どこからどこなんだ?)火事の科学から生物の寿命まで。横にある積まれてる本も、YouTube活用術から論理トレーニング101題まで。

・肉をあまり食べない。
これも上記の感受からの話であり。食べ物の美味判定は、舌にある味蕾という受容体から色んな信号に変換され、一次ニューロンから脳の中核にズドンと行くわけであり、それで脳の過去データベースを叩いて旨いかどうかを判定する。(と認識してるけど合ってるよね?)
それでいくとボクは肉という強い刺激(とタレの甘さ)による旨い判定というのにあまり興味が無い。たまーにステーキ食いてええ!はあるが、それより作る人の味の調和とか素材の活かし方を楽しみたい。彼/彼女は(料理人)は素材をどのように切って、どのように盛りつけるのか?何をどれぐらい、どのように調理するのか?それらを見たい。それらの信号を媒介にして彼/彼女と世界観を共有するのだ。その世界観にとても共感出来ると、これぐらい幸せなことって無いように思う。

そんな感じだもんで、ざざっと最近批判というかイジられたことを挙げていくと、
・結婚式に行かない
・一般的な美人に興味が沸かない。
・昨日と違う道を歩く。
・毎日走る

・・・・などなどどれを紐解いていっても上記から説明が可能だ。
何てシンプルな構造なのか。こんなにも単純だったのか。

だから電車移動が好きだし(毎日電車楽しい)女性の買い物とかお年寄りの買い物なんかに付き合うのも好きだ。(逆に子供はとても狭い。3歳-6歳ぐらいまでが限界。その前後は刺激として全く響かず)
んで今回引越し先も川から山に移したのもそれが原因だし(通勤が往復3時間40分になろうとも!)

まあ誰にバカにされても、どれだけ効率の悪い行いであったとしても、何かを理解したいのなら一旦効率性から離れてみることはとても大事に思う。何を掴みたいなら、とても面倒なプロセスを辿る必要がある(はずだ)うーん何らかの境地にたどり着けるといいのだけども。そして、かれこれ20年ぐらいこんなことをやってるんだな。しかし。

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