雑感-自信を持つにはどうすればいいか?

珍しく、誰かに向けたエントリーでも。
日々色んな人に色んな強度で話をしてるので、口頭は辞めてテキスト化。

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僕のまわりには自信が無い人が多くて「自信をつけたい」という話を聞くことが多い。ということで自信とはなにか?というエントリーを。
自信というモノは「今日は自信持ってこかな?」とか「明日から出張だし、自信置いとこ」のような荷物みたいな話でもなければ、「今日会議あるし自信入れとくか」みたいなエナジードリンク的なモノでもない。自信がある人はあるし、無い人は無い。という代物である。
自信が持てない人にとっては自信ってどこに行けば売ってるの?ってモノのように思う。

話のまえに、まず「僕は自分に自信があるのか?」考えてみたのだけど、多くの人と同じく限定された小さいなところではあるが、ある領域には自信があるし、無いところは全然無い。話は仕事に絞ると、僕は自分がやったことが無いことに対して、あまりネガティブに考えたり、「出来ないだろうなー」と考えたりしないので、そういう観点で自分に自信があると言えるのかもしれない。

もし自分が自信があると仮定すれば(人からは自信が無さそうと言われますが)
僕はどこで自信を持ったのか?と考えてみて、思い出すのは、
小学校低学年の時に、近所を自転車に乗ってたら、近所に住む年季の入ったトレーナーを着た、歯が成人男性の平均本数には明らかに満たないであろうおっさんに呼び止められ、僕の自転車の泥除けに書いてる名前をみて「いのうえだいすけか。オマエ、大物になるよ。」と力強い口調できっぱりと言われた。
とても強い口臭だったことをあわせて記憶してるんだけど、これは僕の自信の源になった。
「そうか。俺は大物になるのか」と迷いもなく、そのオッサンの話を信じてしまった。それから自分は大物になるんだー。と思いながら行動することになる。

僕はこれが自信の本質を表すと思う。
そもそも自信というのは、こんな風に「根拠の無い」モノなのだ。
何となく「自分は出来るんだろうなー」と漠然と思えるかどうかが自信である。

ただこれは、僕は元々幼少期から他人に否定されずに生きてきたからオッサンの一言を100%受け入れたわけで、幼少期からまわりの人に否定されて過ごしていくと、なかなか自信が持てない人に育ってしまう事は多い。

そういう人へのアドバイスはシンプルである。
「根拠の無い自信」によってドライブされるは「出来るか分からないけど、取り敢えずやってみよう」と思う気持ちである。
はじめは出来なくても、出来るまでPDCAを回せば、多くのことは最後は達成できる。出来る出来ないよりも、合理的にまずやってみた方が良い結果になる確率的に多いということになる。そして何らかの達成がされると、その自信が「根拠のあるモノ」に変わっていく。自信が無くて「この行為を達成できた」という事になる。その繰り返して、自信の有る領域を人は増やしていくのだ。
そうなると幾分生きやすくなる。自分の生き方に確信を持つようになる。

ただそれと同時にアドバイスするならば、その自信は「限定された領域の能力」に紐付けるのではなくて、「未領域のチャレンジした自分の行動」に紐付けてほしい。ある領域だけの自信だと、常に新たなチャレンジが出来ない。出来ないことにチャレンジすることこそに自信をもつ。その繰り返しで自信の領域が増える。そうなると新しいことのチャレンジが楽しくなる。

僕はまだ道の途中なんだけど「誰かの超楽しいコーデって、絶対売れるやろ?」という何の根拠もない思いつきからスタートしたチャレンジにアタック中だ。

とはいえさ、
誰がなんと言おうと、やっぱり上手く行くような気がするのだよね。間違いなく。

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