日々-雑談の難しさについて

日々多くの雑談機会がある。
「雑談なんて俺はできねーからパス」と自分のスキルから場を拒否したり、「雑談の場に近寄らない」なども対策を施すという状況になく、日々そこに「雑談」は存在するのである。それが僕の今週の仕事に付随したことである。

さて、と。
さてとなる。だって、なにを「雑談するか」なのだ。行動が必要とされる。
多くの雑談相手は若い女性であり、オシャレに興味があり、身なりの整った人たちだ。
そういう人相手に、俺のもってる武器は貧相である。
まず俺の手元の武器を整理してみると「ビジネスネタ」「ゲーム」「読書」「ランニング」「アメトーク!」「スポーツネタ」ぐらいのものだ。もちろん「旨いキャベツの食い方」とか「童貞の見分け方」とか「無宗教な日本人のリーダー論?」なんかの最近の話のネタもあるが、軽い雑談に使えるわけがあるまい。これらは限定された箇所しか活きない武器である(どこだろう?)というわけで、俺の使える戦術は相手の興味の源泉を探って、それを掘り当て、俎上に上げる作業だ。ただ興味の触り方はググっと入ってはなるまい。あくまで波風を立てず、静かに、出来るだけ自然にコトを進めなければならない。間違っても「会話を探してる」という自体は避けたい。望むは「あれ?知らない間に会話が始まったな。」である。

そのため「彼氏」がどうとかの深堀りする必要が高まる恋愛チャネルや、「ファッション」がどうとかの露骨な話題Searchは避けなければならない。
ということで必然的に、やんわりと、彼女たちの精神性とはあまり関連のない「バイトって週何回はいってんの?」とか「学校で昼飯どうしてんの?」だとか、どこにも辿り着かないが、回答のしやすい会話を展開する。

「女性」は、なんて女性をまとめて語ったりは出来ないし、するつもりは無いが、多くの人たちは会話のラリーを続けることで場の安心が高まるし、その場の満足が高まるように思う、それは場の予定調和というよりは、場を快適に過ごすためのストレッチみたいなモノで。この場は安全安心ですよ。誰も攻撃する人は居ませんよ。という空気の積み重ねである。そこにほんのり笑いを入れていくと、それでいて楽しいという感じにはなるが、あくまで笑いは副次的なモノで、間違っても笑いを取りには行かない。
自分の昨日こんなことがあってん。みたいな自分会話もしなければ、滑らない何かを披露することもない。静かにキャッチボールを繰り返すだけである。変化をつけず、ストレートに相手の胸元をめがけて放物線上のボールを投げるだけだ。

さっきのバイトからの雑談であれば「バイト何回?」→「3回。最近もっと入ってってめっちゃ言われる」→「忙しいんだ?でも入ってって頼りにされてんじゃん」→「人居ないだけだよ」→「スゴいと思うけどね、なんの仕事してんの?」と続く。

そういういくつかのコードを踏みながら進める難しさが雑談難度のひとつ。
もうひとつは、すごく話が面白い人が居たりすると、盛り上がってしまい、これまた仕事にならない。
相手がシモネタをガッツリ投下してきて、こっちも応戦しちゃうと「へー、でどうなったん?」「うそん、マジで。」みたいな感じで。飲み屋ワールドが立ち上がってしまう。これも自省せねばならない。俺は静かに雑談を繰り返しつつ、日々の仕事のパフォーマンスを落とさないように、そつなく行かねばならずで、大人しく遂行する必要がある。

というわけで日々マントラ(呪文)のように以下を刻みつつ。
「自分という存在は、会話する人間なんかじゃなくて、オウム返しするただのアルゴリズムである。間違っても感性や感情などをもちあわせていないただのテクノロジーである。」と呟きつつ、盛り上がったり楽しんだりしちゃいつつ、日々難しい雑談をこなす日々だ。仕事が溜まる溜まる。

ただこれはわりと経験値は上がってるような気がするが、接客業の予定も無いので、使い道はあるのかよくわからない感じである。とか言いつつブログ書いてるしアウトプットしたくなってんのかもしれない。

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