仕事-仕事をするモチベーション

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日々大学生や若い人と接する機会が多くプリミティブな問いかけをされることは多い。
「なぜ仕事をするのか?」といった問いかけである。

──より革命的な変化に、私は魅了され続けてきた。
自分でもなぜだかわからない。
なぜなら、それを選べば、もっと困難になってしまうからだ。
── スティーブ・ジョブズ

生活以外に、僕が仕事をする理由は「人生に飽きたくない」からに思う。
ジョブズはどうだったのか。いろんな挫折をし、革命的な変化に心を焦がし、それに人生の多くの時間を投下し、色んな人から変人やら狂人やら言われながら、何かが変わることを夢見て仕事をしていた彼は。なぜ魅了されたのか。それは飽きとの戦いではなかったのか。

僕はジョブズとは違い革命に心踊らないタイプではあるのだけど、それでも自分が心が焦がされるは、「自分が考えるこうあるべき世界」と「今のこうなっている現実世界」の齟齬もしくはギャップを感じるとエネルギーが湧いてくる。あまり人には言わないけれど自分が考える世界の問題(器の問題があって大体日本の問題ではあるのだけど)を解決したいという動機は強い。だからこんなにも濃度を出来るだけ上げて、アホみたいに仕事をしている。夜になると大体が何も考えられないぐらいに疲労してるぐらいにアタックするはそんな理由に思う。

すなわち僕は「自分が解決すべき世界の問題」にアタックするは「人生に飽きない」ためというのが理由である、そこに高邁な理念があるわけでも、正義感が強いわけでもない。自分のためでしかない。

それをドラッカーのイノベーションから紐解けば、
──社会の問題を事業上の機会に転換する最大の機会は、
新技術、新製品、新サービスではなく、社会の問題そのものの解決、
すなわち事業としての社会的イノベーションにある
──ピーター・ドラッカー
 

となるのだろう。
ドラッカーの思考の根源にあるのは、基本的に多くの問題は政治が解決することではないような考えに見える。
そうであるなら、僕も同じ考えである。

とはいえ、誰かに「キミが解決できると思ってんの?」って聞かれたとして、もちろん解決できるとは思ってない。
日本の問題を僕が解決出来ると思ってたら勘違いである。
でもさこれって解決が出来るか出来ないかの話をしてるんじゃなくて、なんだったら解決出来るとも思ってないければ出来ないとも思ってない話で、それよりもその世界の実現に向けて、自分も何かを担っていきたいからアタックしてるに過ぎない。
前述したとおり高邁な動機でも崇高な思想でもなく、自分が何か担いたい。そして毎日飽きずに仕事が続けられるように。というシンプルな生きる動機から、せこせこ仕事をしてるように思う。どこにもたどり着かないとしても人生に飽きるよりは、まあましかなあというぐらいの考えからである。生きるって大変である。それでも。


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