仕事-経営者に求められるスキルとは?

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最近の業務として、現場仕事も多くあり、改めて経営者に必要なスキルとは一体なんだ?と。

運用の初動をスピーディーに動かすためにオレが入ることは多いのだけど、その後の改善や動き出しは明らかにオレが居ない方がスピードが早い。
基本的に現場のことを一番しってるのは担当者であり担当者ベースのが実態&スピードに沿ってたりする。
逆に言えばスピードには徹底してこだわっているので、どちらか悩む部分は全てスピードを軸に組立てたいと思ってて、本当に経営者スキル不要が改めて。

・早めに裁量を渡して自分で決めて貰う。
ミスリードもあるだろうから、別の現場担当者のツッコミが入るようにしておく。
それでも最終は担当者にジャッジしてもらう。オレの現場理解力なんかもあまり要らず。

・報連相も基本要らない。
オレの時間も取られるし、報告する時間も掛かる。
決まったことをどっかにアップしておいてくれれば勝手に見とく。ツッコミがあれば勝手にツッコミするので、それも取る取らないも担当者に任す。
ただお金が大きく掛かること、どちらか悩んだときだけ相談してくれればOKへ変更

・面接も同じく
いろんな会社で面接フォローをしたのだけど、一番良い面接は現場担当者の面接だと思う。これから一緒に仕事をする人を決めるのはそりゃ自分で決めたいはず。だからボクとしては「この人なら、ダメでも自分が面倒をみてやろう」と思った人を採用にして欲しいと言ってる。ここでも経営者の能力不要なり・・・。(最終はオレも一緒に見るかもだけど、ジャッジは担当者に振るのは間違いない)オレとしては採用面接は、相手がオレを見たいのかなーって思うので、参加しようかなーぐらいの動機である(自分がどっかの会社に入るなら経営者を見たいと思うので)

・営業力、分析力、開発力、折衝力なども本当に要るか?と言われると悩む。
どれも優秀な人は多く居て、経営者が持つべきスキルでも無いように思う。
実際チーム内にて、上記どれもオレより得意だなと思う人が頭に浮かぶ。

というわけでスキルという面では改めて特に必要なモノって無いよなーと思う。
それよりも、何をどこにどれだけをいくらで、どのように売るかみたいな方向性みたいなことと、最終的に何を志向するのか?ってところだけきちんと決めれば、あとはオレなんて要らないように思う。じわり方向性ってブレてくるので、細かい微調整ぐらいかなー

よくあるビジネス本にて、経営者に必要とされるスキルはセット(もしくはセットするか検討)したけど、どれも絶対必要というのは無かった。
まあ強いていえば、適材適所のアサイン(もしくはアサインがハマる仕組み作り)とお金を集める(スキルではないけど)、無駄な部分をつっこむとか体制変換とかそんなのをやるぐらい。

先日のエントリーにあるような良き場になるように力を使っていきたいとは思うのだけど、現場作業はいまだけですねと。とても楽しいけど。(逆に言えば都度はやるほうが良さそう。見えてくるものは多い)

雑感-「楽しい」について

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日々、若い子と話す環境に居るわけなんだけども、若い子の行動動機の多くが「楽しいかどうか」だ。
「あの子と一緒に居ると楽しい」「楽しいから行く」とか、最近では学校の広告なんかでも「楽しい」を押したモノを見かける「楽しくなけりゃ学校じゃない」とか、求人においても「楽しい」を押し出したモノは多い。多分若い子だけじゃなくて、おっさんでも、おばあちゃんでも、「楽しい」というのはとても大事な感覚であり、価値観なんだろうなと思う。

そして自分の最近の感覚として「楽しい」というのが、わりにどうでも良くなりつつあり、ふーむ、どうしたものかなと。
昔は週に何回も飲み会があったりしてて、とても楽しかったのだけど、その生活をまたやってみたいか?と問われるととてもじゃないが、やりたくない。
来週に誰かとの爆笑必至の飲み会があるとしても、別に心踊ったりはしない。それよりも出来れば普通の生活をしたい。豪華な食事なんかもそんなに要らないし、お花見とかBBQ何かも出来れば行きたくない。

こんな感じなので、ふと自分として思うのは「いったい自分って何が楽しいんだろう?」と。まあ爆笑もするし、笑ったりもするのだけど、別にそれは主ではなくて、あくまで副次的なモノである(別に家でも仕事でも笑ってるわけで)。俺、何を志向してるのか?と。服もどうでもいいし、飲みも、モテも、高いメシもキレイな家とかも、どうでもいい、車もそうだし。

その時間があれば「論理の思考演習」を一問でも解きたいなーとか。「20キロラン」やろかなー。とか「古本屋」とか「美術館」行きたいなあ、みたいなことになってしまう。
とはいえ、自分がマジに退屈な人間になってしまってる気もするので、何とかせねばーというキモチはある。いま書いててキモチが落ちる。でもさ大阪とか神戸で飲んで、帰り、あの電車に乗って2時間か・・・となると。まあ、次回にしましょうかねーみたいなことに。

そんなことを思ってたのだけども、多分今「楽しい」にはじまる「何か場として楽しい」みたいなパッシブな場としての楽しいをあまり必要としなくなってしまったように思う。たまーに飲みに行きたいなあとかあるけど、それよりも自分としては、毎日楽しいし、明日も楽しみだし、それがずっと続いてるので(傍から見たら、何が楽しいの?修行僧?みたいな生活だと思うのだけど)、そこらを継続したいってのが主因に思う。まだまだ若者の部類に入ると思うので、もう少し本問題は追っていきたし。こういうのは過渡期なので、もう少し経てば適度な楽しいだけの場も必要になるように思う。でも今でいえば本当に毎日電車の人混みも通勤2時間も、毎日立ち食いパン(食う時間無いから)、ダルい仕事も全部が楽しい(退屈な作業でも音楽が聞けるので、苦ではない)ので、日々あまり成果以外の不満は無いのだけどさー。もうちょっとガヤガヤしないとなあーと。ぐぐ。

日々-最近の読書

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日々、結構なタスクが降りかかってるなーと思いつつ気楽に捌いてたのだけど(タスクぐらいでイチイチバタついてられねーぜの心境であります)来月の末までにやればいいのかなと思ってた@1日1時間掛かるであろうタスクが1週間以内に必要とのことで、結構な量になりつつあるなと。そういってると顧客対応まわりの詰めだったり、新サービスのパワポ作れだの、ありがたいことにファッション誌に文章寄こせだの、役所へ走れだの、求人内容のチェックしろだの、諸々のロジック詰めだったり、書き出せば終わらないほどに毎日細かいタスクがドカドカ詰まれる。昨日も木曜は1日フリーかなと思ってたら、打ち合わせが計3件になってしまった。金も3件、土日も入りそうで戦々恐々。

と話が長くなったのだけど、それはさておき、そんな日々にも関わらず通勤時間の長さというのはスゴイもので、面白いように読書は進む。
だもんで、以前はビジネス書以外は読めない日々だったのだけども、ずっと読みたかった仏教界隈の書籍や、震災についての本、棋士についての本なども、きちんと読めてる。
1日1.5冊、年550冊ペース。超ヒマ全盛期の半分ぐらいのペースで読めているので、自分で言うのもあれだが、このタスク量で脅威の読書量に思う。日々アウトプットばかり出してるので、とても嬉しいサイクル。
たださ、やはりというか脳は疲労してるので、あまり頭には入ってこない感じもあり。そこらはとても悩ましい。
だけど、インプットの量が多いせいか、アウトプットはわりとスムーズに進む。
このブログもアウトプットがスムーズからバタバタでもつい書いてしまい(どうしてもインプットが多いと吐き出したい欲求高い)が、脳は疲弊しておりアウトプットの質はグズグズな日々である。
全てが上手くいくというのは中々に無いなと。そして本エントリーも昨日のエントリーも全然精査できてないのだけど、まあそれも備忘録と言えるはず。というわけで気にせずアップ。1日机に座って仕事がしたいなあっと。

雑感-年を取るということ

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もしアナタが今から富士山を登頂するとして、どのような準備をするだろう?もしくはエベレスト登頂なら?
防寒着やピックを用意するかもしれない、当然水や食料も必須だ、アンダーウェアや雨用のグッズも必要かもしれない、怪我や病気を考えて応急グッズなんかも持っていくかもしれない。
天候や気温や重量など、自分の能力を考えたうえの準備をするに違いない。
サンダルと短パンで登頂狙いますというのはパフォーマーかバカのどちらかに思う。

多分それぐらい念入りに準備をするだろう。エベレスト登頂というのは生半可なモノではないのだ、多くの困難や苦境は想像に難くない。

そして最近、人生においてエベレスト登頂並みの困難が「うまく年を取ること」だと感じてる。
もちろん人はダラダラと年を取れる。ただダラダラと上手くの間には、とても大きな壁が存在してる。

ボクは昔、1人飲み屋ハシゴというの半年ぐらいしてたのだけど(1日で3軒心斎橋の飲み屋をハシゴする)その折に色んな人に出会ってきて、そのなかで何人もの上手く年を取ることが出来なかった人に出会ってきた。
彼らと話していると、とても落ち着かないキモチになる。
彼らが話してることと、彼らの行動が、しっくり来ないことがある。理想と日々の行動がごっちゃになってるような話が多い。
Aという道をたどってた話は、当然Aという行動に結び付けられると思っていたら、Dという行動に出たり、決意表明という結果に落ち着いたりということが多い。

そして、彼らの多くが、かつて幸福であった日々を懐かしんだりしてる。
当時は普通に得られてきたモノが、時間を通過することにより、「理想」となり、「ストーリー」となり、「憧憬」の対象とすらなる。
社会学では、昔の自分と比較して(他人でも)今を不幸と感じることを「相対的剥奪」という。
そしてそれは客観的な話ではない、あくまで主観的な自分の視座からの過去と自分と幸福のヒモ付だ。
そして原因は常に「他」にある。自分にはない。
言うまでも無いのだけども、その原因と結果の因果関係は誰にも分からない。彼がそう思うのなら、そうかもしれないね。という話となる。

うまく年を取るということの難しさはここにある。富士山登頂ならば、またアタックすれば良いのだけども、年を取るということは、基本的に後戻り出来ない。不可逆的な進行であり、ある分水嶺を跨いでしまうと、もう後戻りは出来ない。とても残酷である。

ボクは彼らと話していて、とても生きにくそうだなーという感覚を覚えるのだけど、その感覚はうまく言語化できない、
それらは彼らの痛みとなり、執着してしまう何かとなり、彼らの心に消化できない何かとして収斂されていくようなモノとして見える。
そして彼/彼女は一般論化の道を辿ることになり、それらは何かの行動によってそれらが具現化される。とても歪な道を経て、それらが具現化される。
それらは横で聞いてて、気持ちのよいものではない。ただ日々まともに生きるにはそれしか選びようがないから、それを選んでるように見える。
心から楽しんでいるのかボクには分からないのだけど、少なとも全て楽しいのではないのだろうなというのは推測される。

出来ることなら、そのような年の取り方はしたくないなと思ってしまう。過去を憧憬して日々を生きることだけは避けたい。
そのためには今を頑張れなんて結論に落とすつもりは無いのだけども、出来るだけ頭を働かせて、年について想像をしておきたい。
ボクがうまく年をとることで参考にしてるのは、ミック・ジャガーだ。
彼は「40歳を超えてもサティスファクションを歌ってるくらいなら、死んだほうがマシ」と言ってたと聞く。そして彼は60歳を過ぎた今でもサティスファクションを歌い続けてる。とても一生懸命。そこに上手い年の取り方をヒントが隠されてるような気がしてならないのだ。
年を取ることによって何かを捨てる必要がある。そして形ある何かから、形のないプロセスにシフトさせていく必要がある。うまく年を取れなかった人たちは形を追い求めてることが多い。
プロスポーツ選手と同じだ。今まで楽に勝ててたものが途端に勝てなくなる。いくら努力をしてもさっぱり勝てない。その折にプロであれば引退という道を辿ることになるのだけど、僕らは引退という選択肢は持ちあわせていない。その折に、何を考え、どのように行動するのか?それが大事なような気がする。まだあまり結論めいたことは出せないのだけども、ただそれに関して、高い難度なんだろうなとは予想がつく。出来るだけ今から入念に準備をしていきたい。年を取るというのは全ての人にとって初めての経験に違いないのだ。

仕事-場を作るということ

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昔、自分は「飲み会」開催のたびに「どうやったら飲み会が盛り上がるか?」というのを考えてから、飲み会に参加してた。
あのメンバーならこの話題が盛り上がるな。とか、落とした方がいいかな?お題やネタで跳ねるほうがハマるかな?とか、メンバーのメンタリティから考えて、飲み会の方向性を練ってから、飲み会に参加してた。
その折の成否判定として、

・井上さんって、めっちゃ面白いですね。と言われたら負け。
今日の飲み会って、何かめっちゃ楽しかったと言われたら勝ち。

という基準でやってた。
これは「いい音と言われスピーカーは2流。いい音楽と言われるのが1流のスピーカー」というところから。
なので、俺が喋るのじゃなくて、喋りすぎな人(自慢ばっかりしてるとか、ウンチクばっかり喋る)をセーブさせつつ(止めると怒るので、セーブ)喋ってない人も楽しめる話題や方向に場のベクトルを向けていく感じ。

なぜこうしたのかと言うと、自分としては「個人が面白い」と言われるのも嬉しいのだけども、それよりも場が弾けてみんなが楽しそうなほうが楽しいことに途中から気づいて、そっちにシフトしていった。「何かわかんないけど、めっちゃ楽しかったー」となると、ボクはとても嬉しい。まあボクの力なんて微々たるものだと思うのだけど、それでもその試みを続けたのは、とてもためになった。

そして最近は飲み会の楽しさよりも場作りをコツコツ頑張ってる。
これも先ほどの成否判定と同じであり、
・井上さんって優れたリーダーor経営者ですねと言われたら負け。
優れたチームですね。と言われたら勝ち。

というのでやってる。
別に優れたリーダーなんて言われた経験も無いのだけども、まあそれでも自分の目指すべき方向は場であり、チームである。

俺の自己顕示欲なんてとんと無いので、何とか場作りやら仕組み作りやらにコソコソ頑張って、優れたチームですねと言われたいもんだなと。
井上?あー社長だっけ?ぐらいでOK。誉付近は一切不要。自分でモチベートできるので、可能ならまわりの人達が賞賛されると良いなと。
ってわけで、みんなが「この会社orチームが好きなんっすわー。」言えるような、言い合えるような場を作りたい。
それでいて、それなりに高い給与+以前言ってた1年頑張ったら丸々1ヶ月休めるような仕組み(面白いアウトプットを出すために人とは違うインプットをすべしというのは基礎的な考えとしてもってる)何かも導入したい。
俺は誰かにとって楽しい場を作ることを仕事にしたいので(今ならファッション好きが活躍できる場つくり)そこだけさせてくれれば、特に文句はない。

そしてこんなことを考えつつ、みんなが楽しくて、勝手に頑張って、頑張った分だけ返ってくると(報酬だけじゃなくて仕事でも=新事業かってにやっていいとか)どんどん成長するような気がするのだけども、上手くいくか。はてさて。

雑感-一戸建てとマンションのメリット・デメリット

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これも忘れないうちに(その感覚があるうちに)文章にしておきたいと思ってた一つが、一戸建てとマンションのメリットデメリット。
あくまで体感ベースなので、感じ方はひとそれぞれだと思うのだけど、備忘として残しておきたい。

今まで20年に渡りマンション生活でして、振りの戸建て生活。
▼戸建てデメリット

・階段の昇り降りがとても好きなのに、家に階段があるというのは、こうもダルいのか。と。
疲れというより、何かモノを運んでるときの階段のストレスは高い。特に飲み物。モノの置き方に悩む。バスタオルとパンツは一緒にとかさ。Tシャツは2階だと風呂あがりは毎度2階までパンイチでダッシュとか。モノの配置は注意すべし。

・宅配BOXをつけることが出来ない可変性のなさ
(これは本当に面倒なので、局留めなんかにして帰りに取りに行くとかに変えようかなと考え中)

・ゴミが24時間捨てられないが、それは別にいいっちゃーいい。

・一番のデメリットはセキュリティかもしれない。ボクは基本的に家の鍵を締めない生活(家の鍵が空いてるほうが空き巣は入らないだろうと勝手に想像)だったが、戸建てでは全くやらなくなり、つい戸締まりを。な日々。家に居ても、外の人の気配を感じてしまうので、結構防犯意識高まる。

・虫は苦手ではないので平気だが、嫌な人にとっては厳しい虫生活だろうと思う。
そりゃさ、外とこの距離なんだから、虫も入ろうってなモンに思う。2014-03-02 10.09.51

※引っ越し3日目の状況、普通に戸を開けてたら大型のクモ1匹とカナブンが部屋に。何か楽しいかも。な感じが。一応すべて捕まえて外に。

 

▼戸建てのメリット
・1Fに出る楽さ、これはメチャクチャ体感。
マンションだと、誰かと会うかな。とか、風呂入ってなくてエレベーターで誰かと会うとマズイなとか。色々と思うところはあるだろうけど、戸建てでは一切無い。
1秒で外に出れると、ゴミ出しから、散歩までどれも億劫ではない。

・庭について思うことはなんだろう。草刈りが面倒すぎというのを聞いてたが、1/8のみ草花ゾーンなので、以外は砂利で別にしんどくない。
庭が嬉しいのかはあまり分からず。夏とかになると体感しそうな気配。冬はキモチの余裕ぐらいなモン。あーただシトシトと雨が振ってるととても心が和む。

・間違いなく一番良いのは騒音からの開放である。ドタドタやっても誰からの怒られないのは嬉しい。音に対して凄く気を使ってしまってたので、マンションだと階下の住人に迷惑を掛けないよう、掛けないようしてしまうので、ボチボチストレスがあった。それからの開放は嬉しい。

・あとは採光性の良さだと思う。どこに居ても太陽光が気持ち良い。自分としては本を読むスペースというのはとても大事で。すでに4つぐらい良いスペースがあるので(2階のベランダも良い感じだ)何というかHAPPYである。まあ時間が確保出来ないので、まだまだ恩恵を受けてないが。

そんな戸建てへの引っ越し。
あと縁側がこんなに暖かいとは、冬でも縁側@晴れなら暖房なしでも行けるぐらいの暖かさ。そりゃサザエさんでタマ寝るわの体感であります。

雑感-本屋に関して思うこと

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昨日の本との熱量を高めようというエントリーの続き。
本を買うに、色んな本屋に行くわけなんだけども、この本屋だからの熱量の高まりってあまり無いと。
別にどこの本屋で買っても良く、たまにフェアを楽しむことはあってもあくまでオマケの話であって、それ目当てで本屋に行く経験をしたことは無い。

最近どこの会議でもどのサービスでも、やれUSPだの、独自性だの、ブランドだの会議をしてて、本屋の独自性ってどこにあるのかなと。その流れで頭に浮かんだ本屋はイギリスの世界の素晴らしい本屋best10に選ばれた「The world’s 10 best bookshops」、京都恵文社だ。
ご存知の人も多いと思うのだけど、間違いなく、独自性のある本屋だ。

ボクが改めて恵文社の魅力を語るのは恥ずかしいので、止めておくが、本のセレクトの方向性と、そのセレクションによる掘り下げの深さによる魅力の出し方だと思う。本当に棚ひとつひとつに深さがある。ボクの得意とするジャンルの(どれとは言わないが)、うわーここも押さえちゃってるよ。みたいなことは多い。何時間でも楽しめる。

でも、その逆に思うのは恵文社が良いなと思っても、これを真似するのは普通の本屋にはまず出来ないだろうなーと。この方向性だと思って掘り下げて10年以上はやってるはずで、全てのところに深い考察があるように見える。一朝一夕では真似できないからこそUSPなんだろうなと。
まさにディスカバリーな本屋である、ここで本を見てると、あーこんなジャンルもあるのか、これもあるのか。みたいな驚きに合う。最近世界が狭くなってきたかなと思った時に行く店のひとつである。
そしてこういうオリジナルな店で探した本というのは、わりと生涯記憶に残るのだ。
ボクはここで「屠殺の写真集」を(家畜の屠殺現場の写真集)読んだ記憶をありありと覚えてるし、「翻訳たちの本音」のような海外文学を翻訳してるときに感じたことを滔々と語ってる本を読んだなあと記憶してる。普通の本屋ではこういう経験はあまり無い。

そして僕らもキュレーターを通じたディスカバリーなショップを作りたいなと。うちのサイトで見つけたから、誰かが考えた世界にひとつのコーデだからとても大事にしてます。みたいな文脈が生まれると良いのだけども。

ヒマ-新たな本の読み方

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最近新たな本の読み方を試し中。
目的は本との熱量を高める。
そのために何をすべきか?というところからの実験。

やり方は簡単で、
・駅に到着して本屋で今日という日に一番必要な本を買う。
・往復の移動中に読む(往復3時間ぐらい掛かるので、大体読める)
・家の最寄り駅のベンチに置く。

にて。

これは旅行記なんかを読んでると立ち寄ったカフェでペーパーブックをおいてくる。その代わりに誰かの本を持っていく。という世界のカフェをひとつのレンタルスペースとしたシェアの考え方からインスパイアされ、1人でやってみた。

これの良いところは、
・金を払ったタイミングという、その本に一番興味がある時期、情報を摂取したいという欲求が高いときを逃さない。
・今日の最後に捨てるというタイミングが来るので、その情報とは一発勝負である。
・あとで読めばいいや。出来ない楽しさ。読みたい本が常に手元に

というのが面白いかなと思って数冊やってみたが・・・金が尽きるで却下。
売れば1000円ぐらいになったりするので、ちょっと出来ず。んで、もう一回読むかも。という思いが捨てれず。

以前は、将来大量の本に囲まれたいという欲求を持ってたのだけど、探す面倒さに辟易して、最高の500冊だけをずっと持ち歩くような本棚にしようと変更。以外は都度買えばいいじゃん。という。
既に将来残しておきたい200冊は決まってそうだな(ビジネスだけでもそれぐらいあるのかも)写真のキャッチャー・イン・ザ・ライもどうみても本棚に入る本だなと。

本との付き合い方はこれからも模索。あーただただ本が読みたい。活字にぬっぷり浸かりたい。
そこだけが最近のストレス。

hideki-仕事インテリア

先日のエントリーで書いたように。
今回はスタジオ引っ越しも重なり。ボクがインテリア担当。
全員からセンスないだのブーブー言われてるが、全く気にせず。予算は6万。

ということで家のインテリアが落ち着いたと思ってもスタジオのインテリアがボク担当であります。
その備忘録を考えるにあたり、ボクも言いたいことはある。
・予算は6万ということを忘れないで頂きたい。テーブル2個、椅子4個、ハンガーラック4個、大型シェルフ(180センチ以上)を2つ。これだけで6万は超える。

という点をご理解いただき。
たださまわりに設計/建築を生業にしてたり、インテリアを得意とする人の存在がチラチラ頭に浮かぶもので、オレ仕切りが何とも恥ずかしい。

ただ目的はただひとつ
・オシャレなインテリアより、コミュニケーションがはじまるインテリアを作りたい。

ということだ。
なんなんだーこれはー!とかさ、ダッサー!でもいいので、楽しく作りたし。
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ちゃぶ台+ラグからの。

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春コーデ検討会からの、

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コーデ打ち合わせからの、

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ブランディングチームひとりひとりのシェルフ棚の割り当てであります。

もう少しやりたい事はありますが、こんな感じで。
「身長が測れるブース」と「鳥が飛び交う打ち合わせスペース」と「ベランダ撮影と巨大葉っぱ」を設置。
盛り上がるなら何でもいいのだけども。

ただ言いたいことはあと予算10万くれればさ、もっと出来たということであります。お忘れなきよう。

雑感-自分の方向性

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最近、とてもとても自分という人間が腑に落ちたことがあり、それについて書いておきたい。
その観点から自分という人間を見たときに、その方向性と自身の行動がピタッと一致しており、全ての理由が整合し、とてもクリアになった。
方向性の言語化は難しいけど、何らかのインプットからのアウトプットである。それらは本エントリーを読めば大体理解できるので、具体的な言葉は見てる人に任せたい(誰も興味ないけど、備忘ログなのでお許しを)

例えば自分の行動をいくつか挙げると。

・毎日いろんな本を読む
このスタートはアウトプット目的で、自分はこの図書館の本を全部読んだら、どんな考え方になるのだろう?と思い、取捨選択をせずに片っ端から本を読み始めて、これは12年後の今でも習慣のひとつで続いてる。なので何を読むではなく、基本何でも読むの雑食読みである、小島信夫からレイモンド・カーヴァーまで(どこからどこなんだ?)火事の科学から生物の寿命まで。横にある積まれてる本も、YouTube活用術から論理トレーニング101題まで。

・肉をあまり食べない。
これも上記の感受からの話であり。食べ物の美味判定は、舌にある味蕾という受容体から色んな信号に変換され、一次ニューロンから脳の中核にズドンと行くわけであり、それで脳の過去データベースを叩いて旨いかどうかを判定する。(と認識してるけど合ってるよね?)
それでいくとボクは肉という強い刺激(とタレの甘さ)による旨い判定というのにあまり興味が無い。たまーにステーキ食いてええ!はあるが、それより作る人の味の調和とか素材の活かし方を楽しみたい。彼/彼女は(料理人)は素材をどのように切って、どのように盛りつけるのか?何をどれぐらい、どのように調理するのか?それらを見たい。それらの信号を媒介にして彼/彼女と世界観を共有するのだ。その世界観にとても共感出来ると、これぐらい幸せなことって無いように思う。

そんな感じだもんで、ざざっと最近批判というかイジられたことを挙げていくと、
・結婚式に行かない
・一般的な美人に興味が沸かない。
・昨日と違う道を歩く。
・毎日走る

・・・・などなどどれを紐解いていっても上記から説明が可能だ。
何てシンプルな構造なのか。こんなにも単純だったのか。

だから電車移動が好きだし(毎日電車楽しい)女性の買い物とかお年寄りの買い物なんかに付き合うのも好きだ。(逆に子供はとても狭い。3歳-6歳ぐらいまでが限界。その前後は刺激として全く響かず)
んで今回引越し先も川から山に移したのもそれが原因だし(通勤が往復3時間40分になろうとも!)

まあ誰にバカにされても、どれだけ効率の悪い行いであったとしても、何かを理解したいのなら一旦効率性から離れてみることはとても大事に思う。何を掴みたいなら、とても面倒なプロセスを辿る必要がある(はずだ)うーん何らかの境地にたどり着けるといいのだけども。そして、かれこれ20年ぐらいこんなことをやってるんだな。しかし。