日々-せめて写真でも。

まあ世間の皆さんも毎日忙しいとは思うのですが、僕もわりとバタバタが続いておりブログがっつり更新は厳しいとして、せめて写真でも更新しようと携帯を眺めるも。まあ適当な写真は無いのな。
日々忙しいと当然プライベートもグズグズしちゃうわけで、写真自体が増えていきませんで。

ってなわけで、そんななか何とか見つけた写真をいくつか。
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名古屋ドーム展覧会の様子であります。
おもいっきり仕事でありまして、皆さんステキな家が立つと良いなあであります。
そして宇野選手もここでプレイしたのね。という感慨を受ける立ち位置での写真であるなという感慨を持つぐらいで。あまりエントリーに出来ず。

 

 

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あとはこの写真があったのだが、カワイイ子供は子供の時からカワイイと知ってるの法則。という文章を書きたかったのだけど、俺ぐらいの年齢になると子供の話はキワドイのかもしれないと思い自粛した写真である。彼女たちはいきなりの写真撮影において本笑顔であって、なかなかに幼少期から自分のポジショニングが明確であるなと。
たださカワイイ子供って眉毛も整ってるので、美容意識の高いお母さんの子供がカワイイということなのか、分からずというところでエントリーに二の足。さてさて。

 

 

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最後はhidekiのエルの写真。
これまた仕事の写真でありますが、DEATH NOTEのエルっぽい感じだったのだけども別にエルっぽい行動はしてくれず、これまたエントリーに出来ずという感じで。
ただ彼はマイケル・ジャクソンを聞きつつコーディネーター対応しつつコーディングしながらのアイテム登録という合わせ技で、そこらはLっぽく。

まあせめてもの写真エントリーはそのような形にて。

Tips-新規事業でやってはいけないこと

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今ふたつの新規事業に携わっているのだけども、新規事業を何度もリーダーとしてやってきたが成功するパターンは見つからないのだけども、やってはいけないことはいくつか見つかったような気がする。

今の進行事業は
・自分がリーダーの新規事業
・自分がフォローの新規事業
のふたつがあり、一応両方に使える内容にて。

・フルコミット出来ない体制はダメ
これが今回のエントリーの結論かもしれない。片手間じゃ本当にダメだ。
僕はhidekiを立ち上げた直後ぐらいって、MAX5件の仕事してた、コンサルベースの仕事が多く業種も初物づくし案件多し、仕事をやってもやっても終わりはなかった。
もちろんキモチはhidekiにフルだったんだけど、リソースは無い状況であったので新規事業で必要な時間が取れなかった。
新規事業で一番大事なことは「考えること」と「改善すること」である。
そのふたつはタスクとして顕在化しないので、出来るだけそれだけを考える時間を捻出する必要がある。それでも別の仕事は常時タスクが顕在化するので、そっちに時間を取られる。今は整理して、ふたつの企業というか新規事業メインで何とかである(これでも本当は全然ダメ)

多分だが、中小企業発の社内新規事業が失敗するのは既存の仕事の割り振りが上手く出来ずに、改善を回せないゆえが失敗の主因だと思う。
みんな新規事業をやったことないので既存の事業の延長と捉えることは多いと思うが、必要な知識もスキルもマインドも全て違うように思う。
既存であればフレームワークさえあれば何とかなるが、フレームワークにあてこむと結構なコンフリクト(思考の衝突と思考の制限が起こる)が起こるので、
あまり良くなかったりすることも多く。そういう所を取っ払う必要がある。

・自分で決断できて責任を取る形。
自分が一番色々と考えてるので、誰かにフルで任せてしまうと、あとあと修正したいキモチは起こる。
そして俺が最終押し通せる形は本当に必要であった。このへん権限を大きく渡す部分と、渡さない部分の線引きは必要だ。でも全部自分で分かるはずも出来るはずもなく。
自分がリスクを追ってるのであれば、自分の決断じゃない部分の失敗だとすごく落ちるので、あとあと後悔しないためにも自分が大事だと思うところの決断を自分で押したい。
まあ今からイチイチやり直したり、改善を施してるのだけど、スゴい量の作業があり。なんとか間に合えば良いのだけど。

・営業体制は独自で作る必要あり
これはつい新規のはずが既存の形に囚われてしまうこと多々である。
まったくの新規事業であっても、既存の仕組みのみで考えたりもあったり。また既存の事業の営業マンや営業体制というのは、既存の事業の仕組みや慣習に最適化されているので、新規事業で頑張りましょう!というのがなかなか出来なかったりする。

・人のアドバイスが本当に役に立たない
結構なレベルでアドバイスは役に立たない。そのアドバイスが的外れというよりは、確かにと思う所も多いのだが、自分の事業にあてはまるのか?が僕にも相手にも判定がついてないというのが問題なのだ。そして新規事業を立ち上げまくって成功させてる人材なんて存在しないので(そんな人が居たら神に近い人なので)運の確率が多い新規事業なかで一番の成功確率を高めるのは、他人に何かを聞こうという精神じゃなくて、自分で考える習慣である。
例えばユーザー対応が大事って言われたとしても、今の問題が新規ユーザーの取り込み機なのか、既存ユーザーとの改善かによって、施術は分かれるはずである。
自分で納得した考えのほうが、どうなっても納得できる。ただアドバイスの良さは、違う視点を貰えたりするので、そしてその意見の逆に張れば良いなどもあったりするので、そういう観点からは相手のアドバイスを聞かなくてもOKな環境であれば聞くのも良い。おし逆のことやろう。って思うのはよくある。

ただユーザーの視点みたいなものはもっと見るべきだったなと思う(ユーザーのニーズじゃなくて。ユーザーの感覚というか)
いまであれば見るべきところはおぼろげにつかめたが、そういう感覚はもっと早く知りたかったなと。あとアドバイスって、その人も別に成果を追わないので(そしてアドバイス実行だと俺もその改善の成果を追わなくなる不思議と)やっぱり成果を追う(見る)人が考えて実行するに限る。
でも資本政策とか広報とかはアドバイスを聞くべき。熟練者が居る。

そのような観点が今思う所。
本当に新規事業は難しいところで、いやはや何とかサービスをきちんと回していきたいなと。
とはいえ、色々と見えてきてる部分もありまして、ちょっと3月末までは気合入れていきたいなと思います。本ブログを見られてる方には多くのフォローやら頂くと思うのですが、引き続きどうぞ宜しくお願いします。

書評-ジブリというスタジオが作った千と千尋の神隠しって映画マジで面白いから見たほうがいいよ

年末年始のテレビのロードショーで千と千尋を見たのだけど、スゴい出来で驚く。こんなに面白い映画なのかとビックリした。そして感動した。
なるほど。
この数年自分は映画というのをほとんど見なくなってしまって久しいのだけども(1年に1本見るかどうか)ちょっと映画素人だが映画の感想を書いてみたくなった。というわけで千と千尋面白いからオススメ、見たほうがいいよというエントリー。

たださマジに素人なので、基本的な構造が分かってない可能性があるが、そこは容赦いただきたいが、容赦してくれなくてもいいな。任せる。

千と千尋は、少女の成長物語だろう。これに異論はあるまい。
千尋が不思議な世界に迷いこんでしまい、色んな出来事を通じて、成長する物語だ、まあ何というかよくある構造である。
少年少女が成長すると言えば、ハックルベリー・フィンでも良いし、不思議さを出すならアリスでも良い。古くから伝わる構造だろうと思う。

千と千尋のストーリーは今更かたるまでも無さそうだけども、さらりとあらすじを書けば。
主人公の千尋が引っ越しをすることになり、両親と共に車で移動してると、森のなかに迷い込む。千尋の両親は欲望主義な(お金さえ払えば、自分の欲を通しても問題無いと考える)俗物であり、彼らが自分の欲求のまま行動していくと、不思議の国に迷いこんでしまう、そこでは両親が豚にされ、千尋は色んな人との出会いによって成長し、豚になった両親を助け、現実世界に戻るという物語だ。

ただ不思議の国と書いたが、それはファンタジーだがもちろん全てが象徴であり、一見大衆浴場のような風俗産業的な(温泉街のような)モノに見えるが、細かく読み解いていくと、社会のシステムの成り立ちのようなモノを感じる。

ちょっと一度しか見てないので、細かいところを覚えてないが、例えばエレベーターに乗り合わせる大根の化け物は、通勤電車に乗る無個性なサラリーマンのように見えるし、足いっぱいな人もタグ付けされた内容だけで物事を処理するシステムだろう。
そういう資本主義における社会のシステムによって心を無くしたり忘れたりした人たちを描いてる。ユババもそうである。(あとあと自然で過ごすもう一人のユババや、自分の子供の仮の姿を見破れないのも心を無くしたという証左だ)

そしてその不思議の国での心は自分の名前がとても大事で、心をなくすと自分の名前を忘れてしまうという仕掛けだ。名前がイノセントの証である。名前を忘れてしまうと、イノセンスは失われてしまい、システムに飲み込まれてしまうのだ。だから不思議の国に来てハクが千尋にアドバイスをしてくれる「名前だけは忘れてはいけないよ」と。
ユババの子供もカラスもカオナシもみんなシステムの被害者であり(お金という資本主義のシステムだったりもする)、システムによって変わってしまった人々だろう。
千と千尋において、ハクが善なる導き手という構造である。
ただそのハクも名前を忘れてしまっている被害者だった。ただ千尋はハクの最後に残ったイノセンスを見つけ出し、彼の名前を思い出し、彼を救う。
そして最後に千尋はシステムに負けず、そのままの自分で居ることができ、豚になってしまった両親を助け出すというお話だ。

全体の構造としてはこうなのだが、何が面白かったのかというと、そのストーリーとアニメーションの関係性が優れているのだ。

宮崎さんはストーリーとアニメーションが等価どころか、アニメーションがそれを上まってるように感じたのだ。すなわちこれが表現したいこれが伝えたいというよりこんな絵を描きたい!見せたい!という思いから組み上げられたかもしれないと思えたのだ。あの両親が欲望のままにメシを食う醜さだったり、あの大根の満員電車のなかの優しさひとつだったり(でも空気を読めないサラリーマ)ひとつのストーリーというよりはひとつのアニメでありシーンであり動きが優れてる。

だからひとつひとつのシーンがいちいち面白く、感心し、引きこまれてしまった。
まっくろくろすけの労働感もステキで、電車に乗って行く牧歌的な映像も(システムからの移動のために美しい自然のシーンにする必要があったろう箇所だ)そして最後の千尋が両親の豚を見つけて「大当たりー」というところで、感動して、ついガッツポーズをしてしまった。成長した!(もしくは成長しなかった!)と感動してしまった。エンターテイメントとしてステキだと思う。

もちろん気になるところも大いにある。千尋のキャラがイマイチ乗ってないことだ、一体どんな人間なのかがイマイチよく分からない。初めの怖がってて、
そして両親があまりに物欲主義っぽくて、似てなさすぎるというのは、あまり宜しくないようにおもう(こうなるとハックルベリーの父性からの逃避みたいな所を描く必要があるようにも思う。その後千尋は両親ときちんと生活できたんだろうか)

僕が思う優れた物語というのは、色んな箇所に開かれた物語だと思う。色んな視点があって、色んな読み方があって、色んな捉え方が出来る物語だ。一本道じゃなくて、こちらの経験によってまた違うルートが広がるような物語だ。
千と千尋はそこまでの映画ではないのかもしれない。ただそれでも、この映像から見せる少女の成長物語とそれに乗せられた映像とアニメーションはとんでもにエンターテイメントだと思うのだ。成長する千尋に一緒にドキドキしながら、圧倒的に美しいファンタジー世界で魅せつけて、きちんとした成長のあり方を描く姿に感想したのだ。

いやー年末年始の映画が面白くて、久しぶりに映画を見たくなりつつ。
というわけでハウルの動く城を再チャレンジしてみようかなと思ったりしてます。というわけで千と千尋オススメ(セントチと訳しても良いかもしれないね)

日々-ブログとシャトルシェフ

出る直前でブログを書こうとすると毎度書けず。
本日もゲームについてのエントリーを書こうとするも惨敗。
昨日は千と千尋と千尋について思うことを書こうとすると書けず、ただしっかりと電車に乗り遅れるという感じで。

今もあと2分で出ねば間に合わないが。
せめて三行ブログでもと思うも、そうなると書きたいことがなく。
写真ファイルを見たところ、シャトルシェフの写真があり、急いでアップ。

ただ時間がなくシャトルの感想は、ほんと便利だよ-。ぐらいしか。
なぜそこまでしてブログを更新するのか自分でも分からないのだけど、取り急ぎの便利だよ-更新。
世界に届け。便利なシャトルシェフ!

IMAG0660 - コピー