日々-どこかで聞いた曲

この前、とあるクラブミュージックを聞いてて(もちろんYouTubeで)
あるDJが流した曲が「あれこの曲聞いたことあるな。誰の曲だっけな」と。
そしてそれも凄く好きな曲だったな。と。

誰でなんだったっけなと。

そしてようやく見つけたのですが、これ。

でも僕は、このアーティストあまり知らないんですよね。
なぜ好きな曲だったのかというと(それを思い出したのはPVから)あの映画の主題歌だったんですね(音楽だけで分かりますか?)

上の動画で映画のPVが間に挟まれると思いますので、あれです。
世界的にヒットした(しすぎた)あの船で抱き合う映画の主演の彼が100本のオファーから選んだと言われる映画だったんだけど、とても酷評された(と記憶してます。。)あれ。13年前以上で筋も大体しか覚えてないけど、凄く好きな映画と記憶し、その流れで音楽も覚えてたのだなと。美しい曲だなあと。

この流れで思い出したのが、この曲もそのカテゴライズでありまして、同じ理由でこの映画も好きで。
その曲
コレも17歳ぐらいに見たような気がするのだけど、ポスター持ってたもんなあ。今でもこの曲を聞くとおおお。となる。

というわけで、みんなどこかで聞いた曲ってどうやって見つけるのかというエントリーを書こうと思ってたのだけど(YouTubeのURL握りしめて、Yahoo!知恵袋アタックでOK)
上の映画ともに本質的に同じカテゴリだと思ってて、いわゆる「青春映画」的な構造が自分は、当時凄い好きだったのですよ

青春映画の楽しさというのは、現実と幻想の人の揺れ動きもしくは心の変遷にあるんですね。それもわりと多くの。
例えば「青春」を描くときに、「青春とは」なんてやっちゃおしまいで、「青春は最高だ」とかやっちゃうと、ただのリア充の自己アピールになってしまって、それだと物語にならない。青春を書くには、青春の幻想をいかにリアルに肉付けしていくかにあって、その肉付けで重要なのが、「青春の終わり」なんですよね。

the beachならある種のユートピアがあって、そのユートピアはとても居心地が良いのだけども、それが期間限定のユートピアである。というのは主人公は薄々わかっているのですね。そしてその現実がジワジワとユートピアに侵食してくるわけですね(細かい筋覚えてないけど、例えば病気とか妊娠とか食料とか)そして一番はユートピアをキープするための住民の品質担保が大事で、それはユートピアの(beachの)機密性にあるんだけど、それが外部にバレてしまうのですね。すなわち現実に追いつかれてしまった瞬間なんですね。そこから彼らがどう動いてどう感じるのかと。
trainspottingなら、あの追いかけている警官は「現実」であり、「システム」であるんですよね。悪童たちの悪い行いは、現実に追いつかれないために常にBETしつづけるしかない行いであり賭けであって、薄々とこんなことばっかりやっても(ドラッグとか暴力とかセックスとか)仕方ないぞ。というのはわかってるのだけど、やめてしまうと現実に追いつかれてしまうので、続ける必要があるわけで、なんだろうな、僕はその青春を享受してるとき(終わりだとわかりつつ、それを見ないようにして)の感じとか、現実が忍び寄ってくるあの感じとか、そこから追いつかれてしまうときとか、たまらなく好きだったのでっすね当時(20歳のころ)

いま改めて上記を見てもグッと来るのかちょっと見てみたいところだ。
話が超脱線しましたが、青春映画をダラダラ見るぐらいの時間が欲しいという結論でひとつ。

雑感-年を取って変わったこと

人は年齢を重ねることで、どのような心的な変化を迎えて、どのように優先順位が変わるのか?というのは昔から興味があるトピックのひとつであって、ブログでも度々そんなことを書いてきたように思う。
みなさん、どうですか?昔と比べて何か心的な変化はありましたか?

まあ色んな変化のうち、多くの変化は年齢の変化に見せかけた環境の変化というのが変化の主因だと思うのだけど(例えば結婚や引っ越しや子育て)自分としては、これは年齢による変化として、自己顕示やら自分の希少性アピールみたいなのが、大きく減退傾向にあるなと。
そう感じてきたわけです。

例えば子供だったら
・スポーツできる。
・喧嘩つよい
・ゲーム上手い
などで自分の希少性をアピールをし、

もう少し大人になると
・誰も知らない音楽聞いてるおれカッケー
だったり
・皆が持ってないNIKEのスニーカー履いてるオレヤバい
だったり、
・一眼レフで写真を撮るワタシの感受性すごい
などなど。
そういう希少性を内外ともにアピールしちゃったりして、自分は他とは違う固有性を大きく出すわけですね。
オレは他とは違うんだよ。という感じですね。

もちろん差異というのは別の言い方をすれば有能さであったり希少性による重要度を上げてくれるわけで、アピールすることのメリットがあったりするので、若者がアピールするのは色んなうえで有効だと思うのだけど(友達作りでも恋愛でも)僕の場合あまりそれによるメリットって無くて減退にあるわけだけど(経営者ですとか分かりやすいレッテルだし)多くの人にとって希少性は必要だけども、あまり希少性を出すための時間が取れなくなってしまって、加齢とともに即物的で安易な代替案を取っていくになっていくのではないかなと思うのですね。

例えばなんだけど、
・とりあえずブランドを買う(センスのあるブランドを持ってますよ。というのがすぐに分かる。センス希少性)
・とりあえず高級な車に乗る
・とりあえず目立つことを言う
・とりあえずヒョウ柄を着る

というように回りくどい希少性よりも相手に瞬間的に希少性が分かるようなアピールに変わっていくのではあるまいかと。思ってるわけで。
本当に希少性に関係なくて好きなモノは、ここまで来ると結構な領域に達していきますよね。もう趣味を超えて、糧とか生き方みたいなことになってる。(どっちが先かは難しいのだけど)一眼レフを20年持ち歩いたら本物ですよね。
安易に希少性があると思われるのはとても大事なことで、もしかしたらすぐに健康話(いかに不健康かの話)をするのもそこらとリンクする話かもしれない。

話を自分に戻すと希少性アピールをしたくない今、どんな嗜好を言えばいいのか悩むんですよね。
(自分の加齢と共に変遷した嗜好は何かというとって書こうと思ったけど、それもアピールっぽいので自粛)
例えば車なんて本当に興味無いのだけど、「車なにが好き?」って聞かれると困る。
何が好きか?と言われると「ベンツ最高シリーズ」とか好きですがベンツのイメージの色がつきすぎてサワレナイですし、かといって「カローラ」と言っちゃうと大衆な感じをアピールしてるようで辛い、とはいえ「ワーゲン」とかなるとサブカルな感じでオレごときがサブカルなんて恐れ多く、ならばとなると「ボルボ」とかなるとオレがボルボてwwというところで、何を言えばいいんだろう、フィアットとか、ヒュンダイとかですかね。色がついてないのを言って早く話を(自分の話を)終わらせたくなるという衝動に駆られ、まあ困る。そして掘り下げられるともっと困る(なぜフィアットですか?と聞かれてもフィアットがどの国の車かなのすら知らない)

ただ自分の得意ジャンル(時間を投下してるジャンル)であってもやはりあまり言いたくなくて、本どんなの好き?とか言われると、第三の新人の吉田信弘とか好きですねとか言う(でっちあげ、そんな人存在しない)
もしかすると希少性というより自分の話がイヤってのがあるのかもしれない。自分の思考のプロセスを言うのは大丈夫なんだけど(好きなんだけど)自分の嗜好を言うのは苦手なだけの話かもしれない。
あと年齢を重ねると希少性アピールをニコニコ聞けるということがある(昔なら本当に詳しいのか掘りさげてしまってた)それも大人になる心的な変化かもしれない。

日々-ブログが更新しにくいとき

ブログが更新が滞るタイミングというのがたまにあるのだが、
それは書くことが大量にあり、且つひとつひとつのネタがコッテリ重たいときだ。
書きたいことがある、でもひとつひとつのエントリー作成が1時間は軽く超えるお題のみ(そして微妙に忙しい=メッチャ忙しくはない)という時に更新は滞る。
そんな時の対処法はシンプルで、気楽なキモチで軽いポップなエントリーをひとつ書けば、その後の更新がスムーズに流れるというのはこれまでブログを更新してきた学んだ数少ない事のひとつだ。

ということで、ひとつ気楽なエントリーでもホイサと書き上げようと思い、となるとゲームだな→スプラトゥーンについて書こうとするとグッズグズの重たい内容になってしまった。そして全然中身もまとまらない。シューティングゲームとは?みたいな所まで話を展開してしまい、論点もグズグズで収拾がつかず、コレ以上は危ない(時間が)ということで、今である。

ふーむ。手軽なネタ。
なんだろう。
・家のネットをWiMAXギガ放題に変えてみた。
ぐらいしか思いつかないのだけど、ビタイチ書く動機は見いだせず。
あとは公園に自転車止めてたら、カラスに足蹴りされる。という出来事があるも、タイトルでオチてて、ここから話を大きく展開できる自信がない。カラスはオレの何が気に入らなかったのか?という話を展開しようとすると長文になるし、シンプルに落とすとなると1ヶ月ほぼ更新せずにいきなりカラスに蹴られたという微妙なネタを投下しても、逆に心配されるのではあるまいかと思い、なかなかエントリーを書く所まではイカず。

気楽なエントリーを投下出来るのか。もう少しだけ思索を続けてみたい。