雑感-アツくないリーダーのモチベーション

3344
自分はリーダーとして仕事のやり方とか心構えに対するこだわりというかスタイルへのアツさを持ち合わせていない。
こうすべき。みたいな事はあまりに希薄だ。

例えば若い子と話してて「若いうちは遊びに遊びたい」って言っても、まあそうだよねー。みたいにウンウン頷いてるし、
知り合いが「仕事ってしんどい」って言っても、まあ仕事の9割はしんどいよね。わかるわーという感じだ。
基本的に反論は特にない(しないではなくて特に無い)

自分とは違う意見や、それはダサいだろって意見を聞いたとしても、特に「バッキャロー」もなければ「ふざけるな」も無い、怒声もなければ罵声もない。机を叩くこともなければ(手が痛そうだ)皿が飛ぶこともない(片付けするのは僕だ)静かに意見に耳を傾けるだけだ。
僕としては、この世は多様な生き方が許される世の中であってほしいなあという思いがあって、そんな考えだから、スタイルに対してのアツさは無いのだろうきっと。

ただ自分で自分を省みて、自分のどこを探してもアツさは無いけれども、自分の内部にしっかりと恐れはある。全体がビリビリと振動するぐらいの恐れがある。これは年を取る度に大きくなってる。
昔はそれが「怖いかも」ぐらいの恐れだったのが、今は「恐ろしい」に変わってる。
恐れの原因はひとつだ。
それは自分が作りたいと思ってるモノが作れない可能性、
自分が達成すべきであろう課題が達成できない可能性に僕は怯えている。

僕にはやりたいことがあり、作りたい世界観があって、それが万が一にもつくることが出来なければと考えると恐ろしくて仕方がない。それはできたらいいなとか、夢が叶うとかじゃなくて、出来ない可能性なんて考えられない類のモノだ。大きなオブセッション(観念)として自分にベッタリと張り付いてる。これ剥がせないの?って何度も思ったけど、どうも剥がれないようだ。

そのためそれを達成するために全てが最適化されている。どれぐらいがやり過ぎでどれぐらいが休み過ぎなのか、どれぐらいの持続力とどれぐらいの集中が必要なのか。すべてをそれが達成されるために最適化されてる。いつかを振り返って「もっとこうすれば良かったなあ」と思う可能性は完璧に排除しておきたい。

そのため僕はいつも願ってる「僕の全てを差し出すので、達成させてください」と。キリストでもブッダでもなんでもいいからお願いしますと。ムハンマドでもジム・モリソンでも何でもいい。そして神かロックスターが僕の前に現れて「OK、叶えてあげるけど一生徒歩で給料18万ね」と言われても「一生タートルネック着用ね!夏は半袖のタートルネック」と言われても問題ない。
叶えることが出来るのであれば真夏に半袖タートルネックを来て海の家で焼きそばを食べるぐらいはなんてことないのだ。

恐れを持つリーダーも良いところはある。
仕事を進めるにおけるメリット。
それはモチベーションが冷めないことだ、熱は冷める、アツさでモチベートを維持すると大きな維持コストが必要とされる。常にエネルギーの投下が必要である。その分恐れは冷めない。常に恐れはそこに存在する。達成されるまでは永久運動のように稼動は約束される。
もうひとつは謙虚になれることだ。常に自分を疑ってかかる。自分を信用しない。自己懐疑は仕事をするにとても有効的な手法に思う。健全な懐疑。何か考えきれてないことがあるんじゃないか?と。楽観しても安心しない。

そして恐れを感じていたとしても、別に苦行をしたいわけじゃない。
まわりは笑顔で居て欲しいなと思ってる。みんなの笑顔がキープできるようギリギリのラインで仕事にチャレンジして、楽しみながら成長して欲しい。達成を目指す道中を楽しむ(プロセスを楽しむ)というのは達成における必要条件なのだ。
僕は基本喜びに溢れて、何でも楽しいと思ってしまうので、そういうのはリーダーとして怯えて震えながらも前面に出したいところだ。ときに、引きつり笑いだったとしても。

日々-最近のチャレンジ

毎日毎日仕事してて、日々の仕事量と難度に、もう勘弁してくれよ。。。という気持ちと、楽しい(というより喜びのが語感的に近い)という気持ちが交互に訪れ、1日のうちに何度も何度も気持ちが揺れてるような状況であり、わりと安定した環境を作るのがとても大変な毎日であります。
まとまった書く時間は取れないが最近いろんなチャレンジをしてるので、その表明だけはしたく簡単文章にて表明。

いまの僕の仕事の一番の課題はチームを組織することである。
新メンバーが多く入ってきており、何も考えずに仕事だけを教えていけば、途端に目的なしのバラバラ組織の完成である。
全体の気持を同じにする必要がある。
彼、彼女の成長とチーム力が掛あわさり、それがサービスの成功に繋がるような組織にするんはどうすればいいのか?を考える日々である、
そのために出来るだけの時間を割いて、彼、彼女の考えを聞いてる。あまり自分の意見は言わないように注意しながら、静かに意見を聞く日々である。
そのため今のメンバーは大体ではあるが、志向性は見えてきて、これなら強いチーム編成ができるという手応えを感じている。

それだけでも、まあ大変なんだけど、それ以外に出来る余力なんて無いのだけど「せっかくの機会だし」という気持ちが頭をもたげ、出来れば自分も成長したいなあと淡い思いを抱いてしまい、そちらもあわせて狙ってしまってる。
すなわちそれは経営者としての成長ではなくて、一個人としての成長狙いである。

前振りが長くなったが現在のチャレンジひとつめ(時間ないのでひとつのみを書こう)
いまメディア部を立ち上げ、それに伴い、学生のインターンを編集部長にポジショニングして、僕はフォロー役としての編成をした。
彼の名前を公開していいのか、聞いてなかったので、属性だけを書くと、
大阪大学の4回生で、文章力に惹かれて、即採用した(面談するまえからFacebookを見て採用しようとほぼ決めてた)人物である。
わりと破天荒な人生を送っており、そこらもなかなか興味深い彼である。
その彼が2回めにうちに来た折に、人の文章力というのはどうやったらアップするのか?という打ち合わせからの、上手くなるには文章を書くしか無くない?からのバトルである。

というわけで急遽、僕と彼による文章バトルがスタート。

バトルは以下ルールにて。
・互いに文章のお題を出す。
・そのお題について15分で文章を作成する。
・文章の手直しはしなくて良くて、見たいポイントは構成力。

というチャレンジにて、対面で向い合って、真ん中にストップウォッチを置いてのライティングである。
オレが出したお題は「大学の新入生がすぐに友達を作る方法」であり、
彼が出したお題は「ボーリングのおもしろいところ」というお題。

結果はオレがシモネタで逃げるというせこさを駆使してしまい、苦い空気になってしまったのだけど、そのようなチャレンジを週に一度進めてる。僕もライターとしてメディア立ち上げに参加予定である。
強制的に文章作成を余儀なくされるというその環境は、もう無茶苦茶楽しみだ。

ただこれを文章上達のチャレンジとはいいたくない。オレがしたいのは文章上達ではなくて、自分の思いをそっくり文章に移し替える能力だ。上記チャレンジがそれに結びつくのか。色々やってみます。