Tips-最強の読書スタイル完成

あらゆる読書スタイルにチャレンジしてきましたがAmazonの本読み放題のKindle unlimitedにてようやく読書スタイルが完成。
自分史、最強の読書スタイル。
そのスタイルをご紹介。

読書で一番困ることのひとつが、未来の自分が一体何を読みたくなるのか良く分からない。ということである。
ビジネス書を読みたいのか?漫画を読みたいのかすら分からない。
割烹が良いのか、親子丼が良いのか、それすら決まれなければ献立など決めようが無い。
それをKindleが全て解決したのである。
これはunlimitedに関係ないけれども、適当に本を入れておけばOKという世界観の始まりである。
もちろん既に音楽はそうなっていたし、映画もそうなっていたし、なんだったらだいぶん前から本もそうなっていたんだろうけれども、僕は先日気づいたばかりだ。
凄い世界。

んでAmazonunlimitedは10冊の利用が可能で、いまの利用が以下。

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直撮りで汚くて申し訳ないのだけども、これが7冊。直近で読んだ本が上位表示される。中韓の話なんかもunlimitedの効果発揮である。
こういう思想によって考えが大きく分かれるカテゴリは大量の本を読み込んで右と左のバランスを取りつつ、データを交えつつ読みたい。
それを本屋でやろうと思うと大きな出費だが、Kindle unlimitedならいける。「日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほど違うのか」も読み放題である。わりとそういう本もKindle unlimitedにあるので適当に入れて読んでやっていけば、中韓の思惑から日本の立ち位置からあるゆる角度で広めの構造やパースペクティブとして把握できる。政治に関わる本の読書スタイルとしては今までそうしてたんだけど、そういうスタイルが好きならAmazon読み放題はコスト的観点からオススメだ。

次に「必ず出会える!人生を変える言葉2000」なんだけども、これもまた良い。こんな本、本屋では買えない。そして電車でも読めない。
この本の使い方は寝る前に数ページを読んで、その中からおもしろいフレーズをピックアップして、それについて考えるというのをやってる。そんな暇つぶしをやってると知らずに睡魔に強襲され落ちるように寝ている。
昨日は「人間は親から貰った顔のままではいけない。(森鴎外)」というフレーズを反証してた。人の生きざまが顔に出るという話だとは思うのだけれども、これは整形した人のカウンターフレーズとしても機能するかもしれない。日本では整形した人の背徳さもありなかなか整形したかを教えてくれない。そんな世界に対し俺は整形肯定でいきたい。
一昨日は「拍手されるより、拍手するほうがずっと心が豊かになる(高倉健)」というフレーズで。翌日から誰かが会社に来るたびに拍手してみたのだけど、大体がだるそうにされ、まだ僕の心は豊かにならないが、もう少し試してみて健さんの境地にたどり着けるかチャレンジしたい。

あと「飛田の子 遊郭の待ちに働く女たちの人生」である。これは遊郭経営10年の飛田の経営者の苦悩本の続編である。
1作めはめちゃくちゃおもしろかった飛田新地では女の子をどのように集め、どのように集客し、どのように利益を上げるのか?という話で、
レビューを書きたいぐらいに面白かった。こういう本は仕事疲れで何も読みたくないなあってときにピッタリである。飛田の経営者の苦悩は人材の苦悩であり、経営の苦悩である。みたいに結局仕事に戻るのだけど、読みたくなるタイミングのある本である。2作目はまあその。

ひとつひとつの本を書いてと長いので結論から書くと、読みたくなる本がKindleでは大量に置いておけ、そしてその範囲をKindle unlimitedで拾える。ということである。自己啓発も自分では買わないのだけど、読んでると結構面白い「仕事は楽しいかね?」という本もとても楽しかった。仕事の楽しさとは何か?を追求した本であった(冗長すぎたけど)、飛んで埼玉は埼玉県民の苦悩を書いた漫画である。東京都民に虐待される日々であり、これは別に読みたいタイミングなんて無い。出落ちみたいなもんで、50%でお腹一杯である。あと猫背は会社の猫背率が高すぎるので、猫背を直すためにはどうすれば良いのか興味があったので読んでた。ただこれはKindleムキじゃなくて紙の本向きだ(トレーニングとかレシピとかの読み直す系は電子書籍は圧倒的に使いにくい)

 

Jpeg

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2ページめの続編は、あまり読まないリストと言いたいところなのだけど、これは全て読んだ本である。ヒマなので再読したいときにピッタリである。再読は脳をあまり使わないので、2度め読んでも再度興味がある箇所を求めて読み、そうすると記憶に定着する。

後半は飽きてリストの紹介を端折ってしまいましたが、多様な読書に向く読書スタイルはKindle unlimitedであった。とても便利だ。Kindleunlimitedで読みたい本が無くなるまではもう少し続けて見る予定。同じような読書スタイルの人、月額980円なので一度チャレンジしてみると良いと思う。通勤がとても楽しくなっているところ。

ヒマ−良き音楽とは何か?

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音楽のことを書きたいと言いながら、自分の音楽知識は本当に浅いもので、音楽を語るのはとてもつらい(苦しい)。
人から聞かれて困る質問第一位が「どんな音楽が好きですか?」である。
つらすぎる。。。。

でも書こう。書いて恥をかかなければずっと書けないわけで、良き音楽とは一体なんなんだろう。

とはいえ真正面から「良き音楽とは何か」と考えると禅問答のように思考の袋小路に迷い込みそうなので、別の角度から良き音楽を考えてみたい。
例えば、僕はBjorkというアーティストはとても好きなのだけど、僕は特に彼女の音楽を日常的に好んで聞いたりしない。
僕が彼女に興味があるのは、彼女は何を語るのか?何をするのか?である。

そもそも今アーティスト、表現者につきまとう命題は「何を語るのか?」だ。
表現者たちは、格差に対してNOと言って、戦争にNOと言って、核にNOと言うのは僕も賛同するのだけど、彼らは一体何にYESと言うのか?どういうビジョンを示してくれるのか?という所は僕が音楽を中心としたアーティストへの興味のひとつだ。
それが僕がBjorkに興味を持つ理由で、彼女は面白いアプローチ(テクノロジーとエレクトロニクス)から自身のビジョンを提示していく。

同じ文脈で日本のアーティストのUAにも興味があるし(今年の夏にキャバレーみたいなところにライブに見に行った)好きな曲は多く、また新しいアルバムにある「あいしらい」などとても美しい曲でとても好きな曲である。ただ日常的に彼女の音楽を聞かない。

僕が思う良き音楽について語ろう。
その音楽のひとつは高木正勝の音楽である。
先日「大山咲み」という高木正勝のコンサートに京都のロームホールまで行ったのだが、
彼の音楽の全ては、そこには聞くシーンがあり、聞くタイミングがあり、聞き手の聞きたい心情がある。とても実際的な音楽である。
それでいて彼は基本的に音楽的予定調和であったり、聴衆が彼に望んでいるであろうノスタルジーに逃げていないように見える。
昔はよかったなあ。というノスタルジーは現代に生きる人間としてその方向性は少ししんどい。もちろんその音楽的展開はあるのだけども、そこにもきちんと彼のパッションや熱の発露が存在する。夕焼け小焼けじゃないビジョンの示し方であり、そこは生きる上の峻険さの提示である。
聴衆にそうだな。そういうことなんだな。と膝を打つ音楽だ。

彼の音楽は基本的に論理や思考などを介在しない直感や感覚をベースにした音楽だ。
その音楽表現は別の言い方にすればコミュニケーションのあり方である。
ピアニストとしての高木正勝からギタリストとのコミュニケーションであり、バイオリニストとのコミュニケーションであり、パーカッショニストとのコミュニケーションである。
また誰もしらない楽器や身体表現とのコミュニケーションである。

そして彼の京都ロームシアーでそのコミュニケーションはとても親密な空気の塊として成立していた。

もちろんこれは完璧な音楽ではない、バイオリンが走り過ぎだったり、よく知らない楽器がよくしらない表現で有り体に提示されて、何だかよくわからないなあみたいなことも多かった。ただその集積がエモーショナルに訴えかける空気の塊になった。
彼は音楽とコミュニケーションと映像によって、彼の世界を提示する。

そしてその世界感が空気の塊になり、僕らはそこに共振し、僕らの身体の芯に何らかのモノを受け渡されるものだ。
近くの男女はともに涙し、最後はスタンディングオベーションとなった。

これが僕が思う良き音楽のひとつなのだ。

高木正勝

雑感−リオオリンピックの男子卓球を見て思ったこと

A photo by David Schap. unsplash.com/photos/W5TJpNKI9c4

旬な話題を旬が過ぎてから書きたいというわけで。
リオ男子卓球を見ていて思うこと。

それは僕が卓球でメシ食うのは無理げー。である。
まあ僕ではスポーツ全般で無理なんだけども。理由から能力は外すとして、スポーツ系でメシ食うのが無理な理由は日々の修練を本番の一発勝負で結果を出すというプロセスにほかならない。
毎日毎日徹底的に追い込み、そして戦略的に休息を取り、自分の能力が高まるために合理的な日々を生きる。
そして本番当日の一発勝負である。
結果と努力の正の相関はあるとしても、トッププロ選手とほかのプロ選手の練習時間の差にそこまでの相関はあるまい。
あとは才能と本番のコンディションとメンタル勝負である。

そして数あるスポーツのなかでも、特に卓球が無理だ。
まずパーソナルスペースがきつい。相手との距離が近すぎる。
まだスポーツの中でも自分との戦い系競技はわりと平穏に出来るのだけど、相手の感情をもろに受けると、こちらも思いっきり影響される。
攻撃的にこられればムキになってしまうし、馬鹿にされればムキになっちゃうし、挑発されれば、ムキになっちゃう。
スマッシュを叩き込みたいという衝動に駆られて、終始相手に翻弄されるのが目に浮かぶようである。

昔から対人ゲームなんかもそうだ。
今までの文脈から対人の対戦が弱そうに書いちゃったのだけど、そうじゃなくて、もう少し事態は複雑で、対人ゲームはめっぽう強かった。
というのも自分がムキになっちゃうタイプなので人がムキになるポイントはある程度わかるので、先に相手のムキになるポイントにあたりを付けて、そこを付いて、挑発して、相手を苛立たせて、ムキにさせて、そこを狙いすましてカウンター。という手法で、あまりゲームは上手くなかったが対人ゲーは大体が強かったように思う。
ただである。ただそこにプレッシャーが掛かるとダメで、これに勝てば優勝みたいなインセンティブが入ると途端に手に力が入り、今まで自分が挑発してきた相手から
逆に挑発を受けて負けてしまう。シューティングゲームでもみんなが残っているうちはそれなりに強さを発揮出来ても、俺が最後の一人になるとあっけなく負けてしまう。プレッシャーの弱い人間の常である。

卓球はすなわち「インセンティブ」と「対人挑発」のレベルが高すぎる。
目の前で「おっしゃあああーー」からの「さぁああああーー」からの「うぉおおおおおおお」である。
絶対にビクンビクン反応してしまう。
あれ目の前でされてインセンティブが付与されていたらと思うと、自分事のように恐怖を感じてしまう。

経営者でもビジネスでもいいんだけど、プロとして生きるのは楽だ。
日々積み重ねていけばある程度結果に繋がるところがある。
上手く行ってる事例が多くあるので、その事例からエッセンスを抜き取って、自社にカスタマイズして、それを踏襲すれば良いというところがある。
売れる体制作りをすれば、来月もある程度は売れるのが見込めたり、ある程度初動で準備しておけばコピペして次回もサクサク出来たりと、結果に繋がりやすい。

ただですよ。ただね。
いまスタートアップのリーダーとしてやっていて、ややシェアリングエコノミーの時流もあって、取材だとかピッチイベントだとか、人前で話すことが増えているのですね。
そういうのを避けられるというのも非常に経営者のメリットでして。もうガクブルなわけですよ。いまそこにチャレンジするのかとてもとても悩むのですね。
それがあるとそれに気を取られて、本業に身が入らずでとても困る。(決して憂鬱でもなくチャレンジしたいという熱はあるのだけど、ムキになってしまう感じが近い)
そしてムキになって失敗するので、その後も落ち込むわで、仕事は楽しいのに、ナンノコッチャである。

というわけで今ピッチイベントなどを通じて登壇系にチャレンジするかの狭間である。
ただ経営者的なポジションなので、出来るとなると役員クラスになり、それもなあ。である。
出来れば人生ムキになるのは、自分との戦いだけにしたいというのが自分の人生のベクトルである。卓球を見ていて早めに対策を練る必要があると感じる日々。

日々−会社にあたらしいカメラがあった

会社に新しいカメラが来てたので撮影されたり、したり。

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ノーマルレンズ。綺麗なような気がする。

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明るいレンズ。綺麗なような気がする。

以上何か更新しないと情報局より「何か似てるかもしれない紺の2人」を新カメラにてお届け。次回よりコッテリブログ更新がんばります。

雑感−スタートアップにチャレンジする理由

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leeapという新しいサービスをリリースして4ヶ月が経ち、
毎日いろいろなドラマがあって、色んな出会いがって、色んな感情の起伏がある。

えー!こんなに色々とやることってあるんだ?って日々で、全然うまくさばけない。
今まで16年ほど経営者として経験を積んできたのだけど、その経験はあまり機能しない。

そういうプラクティカルな部分以外に、毎日、朝にはテンション上がりすぎて困ったと思ったら、夜には「もうだめだ」ってなったりな日々で精神もあわせて揺れる。

それでもこう毎度スタートアップとしてチャレンジするのはなぜなのか?
自分でもよくわからず、何にモチベートされているのかよくわからないままチャレンジを続けているような感じで、自分でもこうも感情の起伏の激しい日々で安泰の道もいくつありそうだけどもそれを選択せずにチャレンジを続けているのか不思議だ。

ただ改めて、なぜこんな思いをしてるのかと言えば。
チャレンジが無いと飽きるからだと思う。
安泰の道だと飽きる。趣味に活きれば良いのだけど(本に)そうしたら仕事を辞めたいという衝動に繋がってしまう。ふたつに集中する事がイマイチうまく出来ない。
スタートアップが飽きない理由はシンプルだ。常に課題しか存在しないからだ。目の前の課題がこれでもかと詰まれていく。そしてその課題とともにヒリヒリ感がつきまとう。そしてそのヒリヒリ感の胃の締め付けはギャンブルのそれと似ている。
貧弱な装備で登山にアタックしてるみたいな、小舟に少ない食料を積んで新大陸を探すみたいな、
早く登りきらないと、早く新大陸を見つけないと、燃料が切れちゃうというところのギリギリ感がオブセッションのようにつきまとう。
課題とギリギリ感。
毎日のしんどさもちょっと凄ければ、エキサイト感も等価で提供される。

ただこのチャレンジの良き点は、ギャンブルのそれとは違い仲間と一緒に味わえることだ。
今一緒にチャレンジしてくれる仲間がゆっくりと集まりつつあって、このフェーズになれば、この人に声をかけようということも何人か居る。
また外部の協力者も多くの力強い人が援助をしてくれようとしている。

僕としては出来ることはシンプルで。
出来るだけ登り方や針路をぶらさないようにすることだ(実際はブレブレにも思うけれど)
新しいライフスタイルが日本に広まるように頑張っていきたい。
手前味噌だけれど、leeapは本当に面白いサービスで、誰かにとっては堪らないサービスにになりつつある。

まだまだKiizanKiizanは環境的には良くないですが、一緒にめちゃんこ良いサービスを作っていきたい人居ましたら、ぜひお声掛け、ご紹介ください!
環境的にはまだご一緒に出来ないかもしれませんが、一度お話だけでもさせてください。