日々-朝、家を出る5分前に言いたいこと

あと5分で家を出るんだけど、何かブログを書きたい。
5分で書けることを書くか。5分で伝えたいことを書くか。
どちらを書くか。

5分で伝えたいことを書こう。
それは最近の漫画ダンジョン飯からの二番煎じの多さと、駄作の少なさについて書きたい。
ありえない場所でメシ食う漫画多すぎてうんざりって言いたいんだけど、なぜか駄作の少なさに驚く。わりとどれも面白い。
いや、そもそも料理漫画というのはある程度安定する題材なのかもしれない。って書こうと思うも。
これを書くには過去の料理漫画の系譜を探り、ダンジョン飯の新規性を語らねばならない。予想するに30分は掛かる。

というわけで調べる時間は無いので、
・料理漫画って長寿漫画が多いはず(予想)
・料理漫画が長寿になるのはネタのバリエーションの豊富さである(思い込み)
・その料理漫画と何かが組み合わされば、例えば強面パパだったり、鉄鍋をもったバトラーだったり、可能性は無限である(適当)
・その着想からの「食べられないモノ」を料理のプロットに放り込む×「シチュエーション」というのがダンジョン飯の着想(そのまま)
・なぜダンジョン飯が滑らないのかというと・・・(時間切れ)

と結論なしでタイプを辞める。
元気があれば書き直す。で、これまでの時間7分・・・遅刻。遅刻してまでこれが言いたかったのか。結論は出ない。

ヒマ−加齢が趣味に与える影響

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あなたの趣味はなんですか?と聞かれたら何て答えますか?
僕は日常的な趣味でなければ、という面倒くさい前置きが必要ですが、
引っ越しが趣味と答えたい(盛り上がらないので答えないけれど)

どこか別の自分が知らない街に住むことで、自分がまた見たことが無い風景や、感じたことが無い感慨に出会うのが楽しい。
まあそれぐらいなら旅行でもいいもんだけど、旅行はほぼ行かない。引っ越し一択である。
自分としてもわざわざ引っ越しするというのはハイリスクな選択だと思うのだが、住むというハイリスクを取ることで、いくつかのリターンがあると感じている。投下リスク・リターン率。現地に住むことで、現地の多くのいろいろを引き受けることになる。都会に住むなら、都会の利便性と引き換えに多くの都会の煩わしさを引き受ける、田舎に住むなら、田舎の美しい風景を引き受ける代わりに自然の過酷さも引き受けることになる。

そういう引き受けるというリスクを取ることで、その地域の色々と自分の記憶がようやく強く結びつくことになる。
たとえば覚えているのが、散歩していて鴨川の鴨たちが仲良く昼寝している風景と自分の当時の辛い思いや楽しい思い出が強く結びついている。
鴨川を歩く時に、そんなことをふと思い出す。
そしてそのような場所と記憶が、日本のいろんな地域に点在している。

ある小説家が言った「人が変わるのはふたつしかない。付き合う人を変えるか、住む場所を変えるかだ。」という言葉を聞いた、
その人が言うに、住む場所を変えると。毎日の生活パターンが変わる。そうすると毎日意思決定の多くが変わる。そして感じ方が変わる。という。そんな引っ越しの思考の遷移を僕も感じる。
そういわれると都会に住んでるときは都会的な思考になっていたし、山の麓に住んでいるときは山的な思考になっていた。

そういう経緯があり、今後も今までにない刺激がある場所に住んでいきたい。
でそろそろ今の住居(今回は墓場)から、
初の商店街沿いに住みたく、以下の物件に住もうと思い内覧に行ってきた。
・守口の長屋

物件まで見に行って、庭に猫が遊びに来たり、ワクワクする商店街で(旨い蕎麦屋があった)、新たな生活になろうと。申し込もうと思ったのだけど、申し込む直前に申請書類作成で止まってしまった。
・古民家リノベ・・・・。
・また大量に虫が入ってくる生活か。ムカデ、ハチ、G、アリ、、、
・隙間風がやばくて、冬は寒いだろうな
・2Fの階段が急だな。
・風呂が露天風呂ということは。。。
・洗濯物干しの大変そうだな。

というところで結局申し込みしなかった。
どんなことよりも刺激や面白そうというのを優先に置いていたのに、躊躇した自分に驚く。
20代なら間違いなくとりあえず住んでて、笑いながら、そんな過酷な生活を楽しんでいたはずだ。

刺激よりも安定なるマンションの選択。
虫が居るかもしれない面白い家よりも、虫が居ない普通の家の選択。
自分としては人生の岐路に居るような気がする。
商店街の次は、海の隣に住んで、高台に住んでと考えていたのだけど。

これは加齢の影響なのか、まだ判断はついていないのだけれど、
自分としては積極的に引っ越す自分でありたい、かばんひとつで引っ越すような身軽な人間でありたいと思うので、何とかこのチャレンジは続けていきたい。
肉体的な老いには抗うつもりは無いが精神的な老いには抗い続けたいところだ。

風呂が露天ってのがなあ。

仕事−優秀な人と仕事がしたい

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25歳の時に自分の未来の理想ワークスタイルとして思い描いてたことが
「手応えのある仕事をしたい」
「優秀な人と仕事をしたい」
だった。

この思いは今も同じだ。
前者は「サービスがよくなるために改善を続ける」で8割方の話は終わるのだけど、後者を達成するのはとても難しい。

スタートアップ形態に限定されるかもしれないが、僕が思う「優秀な人」に定義付けしているのは、「好奇心」と「柔軟性」があるかどうかだ。

僕は常にスタートアップに身を置きたいと思っているのだけれど、毎日の仕事で出てくるのは大体が「応用問題」である。
「基礎問」×「基礎問」の組み合わせもあれば、え?この問題の方程式って学んでないよな?みたいな問題がずらずらでてくる。
答えがあれば良い方で多くが「答えが無さそうな問題」である。
・10万円しか予算がありません、まだ誰も知らないサービスです(まさに裸族に服を売るような所業)どうやって、誰に認知させますか?
みたいな問題がある。やらないって選択肢もありなのではないか。。みたいなところの思いも出てくる。

そういう「難題」を手に取り、やってみようと思えるモチベーションに「好奇心」がとても有効に機能する。
多くの問題でモチベーションが「競争」だと勝っちゃったら力は落ちるし、「承認」だと認められると力は落ちる。
「なんか面白そうだな」と面白がっていたら、気づけばなんとかなっていることも多い。

もちろん自分では処理出来ない「難題」もあって、そんな時は自分の能力の引き上げをコツコツするという、とてもプラクティカルな所業である。
これからは英語が必要だから、英語学ぼうっかなー。なんて能力アップはない。無人島で海の水を濾過すしないと、飲み水なくない?みたいな感じである。
んで、課題を処理してその繰り返していると、また違う課題に溢れたフィールドにたどり着く。
その作業の繰り返しである。自分でハードルを設定し、目の前のタスクをひとつずつ処理していく。

もうひとつは「柔軟性」である。
何か新しい価値を世の中に作りたいと思うとき、頭の中のロジックではビジネス的に弱いことが多い。
なぜならロジックは誰でも考えることができる。
「商品の選定は、ユーザー嗜好性からデータマイニングして、自動レコメンドで提案して・・・」って間違いなく誰もが考える手法である。
多くのビジネスパーソンはビジネス的な方程式を考えるのは得意だけども、そこに感性を持ち込むのが苦手だ。
ロジックにひとつ感性を投下する。その感性の追求が多分に競争優位性になり、他社との違いになる。ただそういう感性を仕事に持ち込むは多様性である。
効率化という方程式を使うとそれは抗生物質のようで、使い所を間違うと成長に必要な良い菌まで殺しちゃうことになることも多い。

良い菌も悪い菌も多様なモノを混ぜ合わせて、新たな価値を生み出す。
そしてそんな良いも悪いも多様な人材が生きるために大事なのは柔軟な視点と柔軟な感受性である。
こんな人もいいじゃんか。こういう考えもありじゃないか。服装なんてどうでもいいじゃんか。家で仕事やってもいいじゃんか。価値を生むに最適化すればいいじゃんか。
という多様な価値観の中で。新たな価値を生みだすだけに意識を向ける。

そのふたつがあって、優秀じゃない人に出会ったことがない。
そしていまKiizanKiizannではその素養を持った人が増えている。
その環境は心から望んでいたことなので、この環境が出来つつあるのは本当に嬉しい。

そんな人たちと一緒に誰が心から喜んでくれるような、手応えのある仕事がしたい。願うはそれだけであります。
ベクトルだけはきちんと合わせること。

まだまだそんな人を探し続けていきたい。
お心当たりのある人居ましたら、ご連絡ください。って毎度の求人でした!
あなたをお待ちしております!