日々−疲労

趣味は引っ越しと書いた手前、自宅を引っ越したので、それについて書きたいと思いつつ、時間が経過。
そうしてると事務所まで引っ越ししたので、急いで更新。

引っ越しは趣味だが、引っ越しの行為自体は別に心楽しいモノでもない。
仕事には仕事の疲労があり、旅行には旅行の疲労があって、遊びには遊びの疲労がある。
そして引っ越しにも引っ越しの疲労がある。そしてそれは強い疲労である。
出口のない疲労。というか入り口のない疲労である。疲れが溜まるというより、今まで貯めていたエネルギーが無くなるような疲労だ。
その疲労(というか疲労という何か)を回復するには、時間の経過が必要である。
いますぐ引っ越して、とか言われると絶対に無理だ。

まずは自宅の引っ越しの様子。

Jpeg

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引っ越し風景。
引っ越しが終わると、目の焦点が合わない感じになる。
目の前にあるジュースのパッケージの裏面をつい見てしまう疲労である。
あーもう昼かー何か食べないとなあー。と思いつつ、どん兵衛にお湯を入れている疲労である。
取り敢えずビール。という疲労であり、適当に頼むわ。という疲労である。

そんな疲労を経て、引っ越しで何を得たいのか謎だ。
でも毎度、毎度引っ越しをしてしまう。

もちろんそれからも疲労は続く。
朝、どこで歯磨きするんだっけ?という思考があり、
どこでゴミ捨てるんだっけ?という思考があり、
どうやって会社まで行くんだっけという思考があり、
どこで寿司くおうかなという思考があり、
毎日毎日、どんなプロセスを経るにも思考が乗る。ぼーっとしながらコンビニみたいなのは無い。あーセブンイレブンはあそこ角を曲がったところだったな。みたいな思考が必要。

それでもまたエネルギーが溜まり次第に、自宅を引っ越すと思う。
2年後に。多分。次は海の近くに住みたい。(いまは商店街の近くに住みたくて引っ越したので、商店街生活について書きたい)

そして合わさるは会社の引っ越しである。

Jpeg

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これは僕が一度も内覧せずに事務所が決まっていた。
みんなが必要な条件を合わせて、決定した事務所だ。
事務所の引っ越しに僕の意見が入らず、決定されるというのはとても力強い組織に思う。誰でも決められる組織。
僕が見たときはすでに、その物件で決まっていた。そして僕の内覧第一声が「へー。こんなところに引っ越すんだー。」部外者である。

まあそういう感じなので、引っ越しも段取り力の高い人々の手によって決定されていた。
そのため僕はメインの疲労は背負っていないので、なんとも事務所引っ越しについて書きにくいのだけど、自宅の疲労の質とは違う疲労だ。

最終の正解はある引っ越しというか。
日々の流れの中で、知らない間に正解に収斂されていく。正しい場所にものを買われ、正しいプロセスを置いて配置が決定される(優秀なスタッフが多いので)

なので事務所引っ越しは特に疲労は無いのだけど、
事務所が変わることの新しいワークスタイルがあって、気分は楽しい。

これからも定期的に引っ越しできる人生で今後もありたいなと思う。
常に過去と違う刺激をインテイクしていきたいなと。
今回の引っ越しの統括は以上です。