雑感−コミュニケーションが苦手なひとこそシェアハウスをオススメしたい

前回のエントリーの続き。
シェアハウスに住んでいて、良かったことを書こうと思ったが、
まずシェアハウスの良さを一般論化してまとめたい。
結論、コミュニケーションが苦手な人こそシェアハウスをオススメしたい。

あなたがコミュニケーションが苦手だと自認しているなら、その苦手の多くをシェアハウスは救う。

僕もそうなんだけど、コミュニケーションの苦手さの前に、人と話すための予定調整って面倒じゃないですか。
来週遊べる?来週は西中で飲みだわー。じゃあ再来週は?てきなあれ。俺が暇で、相手が忙しい、あの上からタイムは苦手。
なんというか提案を断られるって、それなりに傷つく。
シェアハウスだと、相手の予定とか考えずとも、リビングに居る=暇である。(リビングに居て、忙しい人なんて居ない)
話したければ話すみたいな感じで、学校の放課後の雰囲気に似ている。まだ帰りたくない。。。けど誰かを誘うほどではない。みたいな。

続いて、コミュ苦手の最大派閥の「話って初めに何を話せばいいんだっけ?」である。これもシェアハウスは救うのな。
「おはよう。今日仕事?」からの「今日どっか行くの?」 or 「メシどうするの?」はシェアコミュの万能な慣用句である。
「今日は無印に買い物に行くで」→「何買うん?」でも「無印好きなん?」でもなんでもいいから、行くからには何か用事があって、その用事には、その人なりの動機があるはずだ。それを深掘りすれば、会話は弾む。「無印好きなん?」→「いつから好きなん?」とかもオススメ話題。

あとコミュニケーションが苦手な人がシェアハウスで懸念する問題は、コミュニケーション古参たちのノリであろう。
ローカルな飲み屋に入ったときの常連たちの空気のあれである。
その問題に関しては、シェアハウスは安心で、よくあるコミュニティだとずっと同じ人がいて、同じノリになることが多いが、そもそもシェアハウスにはいろんな人が住んでいて、性別も年齢も職業も違う。また定期的に入居者の出入りがあるので、人の流動性が確保されていて、コミュニティの質が均しにくい。新人の加入によって、またコミュニティが少し変化する。その新陳代謝でコミュニティはある程度リフレッシュされる。

ここまで書いていて、苦手をテクニカルにクリアして、それで一体どうなるんだろう?その頑張ったコミュニケーションって楽しいのだろうか?というキモチは理解できる。1人楽じゃん。と。
ただですね、住んでみると思うのだけども、毎日だれかに「今日なにがあった」「なにをしたのか」を話し合えるのって学生のとき以外にあまりなくって(恋人でも少ないかもしれない)そういう誰かに話を聞いてもらえる生活って想像しているよりもわりと嬉しい。
帰ったら、誰かが居て、軽く話して、何か共感して、笑って、そして自分の1人の時間がある生活。

もしあなたがアラサーぐらいで、あなたの毎日のことを誰も聞いてくれなくて、それがほんのり悲しいのなら、シェアハウスはオススメだ。
勇気もお金もそんなに要らない(家具と家電を捨てる覚悟は居る)
知らない誰かと一緒に住む生活って思ったよりもきっと楽しい。