雑感-年を取ると下がる能力、伸びる能力(仕事編)

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この世には父親と仕事をした事がある人と、仕事がしたことが無い人に分かれると思うのですが、僕は前者であります。
ガッツリと仕事をしたことがある&現在進行形で仕事をしているのですね(週1ぐらい)

そんな風に父親と仕事をしていると見えてくる15年前とくらべて落ちてる、上がっている能力がいくつかありがあって、そこらを今回は掘り下げてみたい。
なお僕は興味の源泉として「人は加齢によって、どう肉体と精神が変わるか?そして何かが変わるならそれは事前に準備や対策をすれば予防/逃げられるのか(長い)」と思っているので、そういうところの視点からお付き合い頂ければと思います。

・集中力
これは私的にはかなり落ちているように見える。
あれ?この人、俺の話を全然聞いてない?というのは父親の特筆能力であったがそれは顕著に磨きが掛かっている。
自身としては集中力のダウンを感じることはまだ無いのだけれど(まだ読書1日12時間もいける)集中力が落ちないよう事前に対策しておきたい。
簡単に集中力と言っても父親を見てるに「自分が分からないことに対する集中力(類語:我慢)」と「自分の興味がある部分に対する集中力」のふたつにカテゴライズすると前者の能力を大きく落としているように見える。

・記憶力
これは非常に難しいのだけども、状況描写みたいな記憶力は恐ろしいほどに落ちる。これは自分でも体感するところであり。あれ?昨日なにしてたっけ?みたいのことが頻発する。父親を見るまでもない。ただ父親と話をしていると落ちている例は多数あり(読んだ直後の本の内容を言えなかったり、先日の話を覚えてなかったり)これは60にならずとも、既に自分としても日々能力の下落を感じる。でもさもともと記憶力は宜しく無かったので、そこらはラベリングと外部記憶装置(SSD)を駆使して逃げ切ってやるぜ。の心境であります。

・決断力
これは見てるに全然オチてない。いま父親は66歳だが、全然オチてない。むしろ上がっているのではないか?
将棋の羽生善治さんが「決断力」という書籍で「直感の多くは過去の経験の蓄積である」と言ってたのだけれども、そういった側面から、経験値から決断力が上がるのかもしれない。もしくは記憶力の低下から不要な情報を切り捨てて重要な情報のみから決断が素早くなるのかもしれない。ただその決断が正しいのかは結果を測定しておりませんで、確度については保証できません。

・論理的考察力
ええっと、もともとあまり高くなかったような気もするので過去との比較が機能しないひとつであるが、特に下がらないように思う。ただ支持したロジックに固執するというのはあるのかもしれないが、ただそれは年齢に伴い経験を拠り所にする部分であり、論理的考察力とは関係のないところからもしれない。頑固さは上がってるようにも思うが、昔のとんでもなエピソードが出てこない分、頑固さも下がっているのかもしれない。もう少し検証したい。

・野心
これは下がらない。欲望の多くは下がっているのだけれど野心は落ちてない。
父親は会社経営者であり年商20億ぐらいの会社を経営しているのだけども、3年後に30億達成。という思いは強く。目標必達へのPUSHも結構なモノで、そうおもうとカイジ黙示録の帝愛グループの兵藤和尊会長の野心(世界中の金を集めろ)が発露するフレーズもリアリティがあるのかもしれない。こう同業他社での集まりなどで20億じゃなくて30億って言いたいだけではと疑ってしまうが、そういう経営者の思いこそ、ほかのスタッフの人生が豊かになる側面ってのはある。野心は大事。
父親の野心に振り回せられる人生も悪くない(週1だからだけど)スタッフの人は大変です。

・笑いのレベル
20年前の彼(父親)のお笑いがどのような類のお笑いであり流れであり語彙であったかは記憶にない。ただよく自分で言って自分で笑っているので楽しそうである。
そしてまわりも社長だから笑っとくかみたいな空気もあって、まあ笑いのレベルよりも笑いあることを言おうとする意識があるかが大事なのね。と思うところだ。

・好奇心
ここも落ちてない。パソコンへの興味と(苦手だけど)仕事に関連した新技術(例えばAI)などへの興味はつきない。ただこれは年齢によるものよりも、彼は日々よく歩いて色んなモノを見て、色んな本を読んでとしているからだろうと思う。
これは僕としてはポジティブな結果(鍛錬によってキープできる)として捉えており、有り難い限りだ。
好奇心がなくなれば人生退屈そうと思っているので、何とか好奇心はキープしたい。

・性的
・・・父親のプライベートな性質に関してパブリックな場で考察するのは僕としても気がひけるので自粛させてください。
ただ父親はシモネタが嫌いなので(トイレなども含め)過去の基準がよく分からず。家族でメシくってて、おしっこの音についての問題提起をしたら「そんな話するな」と怒っていたので、シモネタ系はほぼノリが悪いのは今昔共通である。

以上父親と仕事をしていて感じたことである。
彼の名誉のために言っておくと、何だか凄く加齢な感出てるかもしれませんが、まだまだキレキレで現役で業務遂行されております。

まあでも。自分としては「集中力」と「記憶力」にフォーカスして加齢を迎えたい。
私的には加齢による能力低下への注意とあわせて「若者にアドバイスしたい」「みんなから頼られたい」のキモチが肥大しないように注意したいなと思うところだ。

日々-一応2016年を振り返ってみよう

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弊社の忘年会も終わり(写真は店に入る直前の写真)そろそろ2016年も終わる。

今年1年を振り返ってどうだったんだろう。というエントリーを書こうと思うも。今年なにがあったのか全然思い出せない。何があったのか?
そんなときはGoogleカレンダーである。30分単位でスケジュールを入れているので(仕事内容ベースで)すぐに振り返り可能である。
振り返りながら思ったこと。

▲統括
・カレンダーを読み返したら、うぅっとなるほど苦しい思い出が蘇った。カレンダーの思い出解凍機能を初めて体感。
自分では2年前と比べたら全然仕事的に楽だと思ってたけど、時系列で振り返ると、うげー。ってこと大量にあった。

▲苦しんだこと
・組織の常だろうが人の問題に苦しむ。まあ上手くは行かない。たださ上手く行かないながらも負けない方法というか。負けても極力ダメージにならない負け方というかそういうのを学ぶ。まあ苦しいが大体の問題は人由来のもので。今後も苦しむとは思うが当たりの付け方は見えてきた。ほどほどに。

・Hidekiというサービスを締めるのは辛かった。キレイに仕舞え無くてとても苦しかった。僕としては楽しい。経験値が上がったというのは真実の面もあるが、責任者としてそれだけでは片付けられない。ひとつでも良い教訓のマテリアルを拾い自分の血肉にしたい。人は頭を打ってようやく血肉になる。

・苦しいというか残念というか自分の不甲斐なさというか。出会いがあれば別れがある。出会いの多い1年だったけれど、別れも多い1年だった。誰かが言った「ひとつ年を取るのはひとつ孤独になることだ」という言葉を思い出してしまうぐらいに色々な別れはあった。

とはいえ色んな問題に苦しむも目の前に大量の課題が山積みという状況は素直に嬉しかった。
Hidekiでは販売するモノを作るというところに苦戦し。そこを解消するためにチャレンジするも何をやっても結果に繋がらないというのがあったが、leeapでは目の前に課題があり、大きな課題を解決するとひとつ前進するというのは改めて仕事の楽しさを実感した。そしてそれがサービスの成長に繋がる面白さと事業のダイナミズムを味わうことになり、こんなように課題があるような状況と課題を解決したいという動機の中に自分の一生を埋没させたいと思った1年である。

ってなことも含めて。成長したこともいっちょ。

▲成長したこと
・Calendarを見るに凄い数の面接とか面談してるなあ。
面接力は上がったのかというと別に上がってないし、語れることも特に無い。何か掴めそうで掴めないが面接だ。
とはいえ面接で和ませる技術もついたように思う。素を出して欲しい。互いの相性もあるし。面接は採否というよりお見合い。

・仕事内容にも着目すると、契約書やら利用規約やら仕様書やらデザインラフやらメルマガテンプレやら面接のテストやら教育カリキュラムやら何でも手を動かしている。やったことないことを手早く作るはググるセンスだ。うまくググれたらその問題は大方解決している。そこからエッセンスを読み込み学び自分の仕事に当て込む(模倣・・・。)
でもそれが成長につながってるかというと微妙だ。別にどれも技量的にショボい。なんかスタートアップの初期フェーズのみに使う力に思う。要らない

・ルーティン的な作業スピードも上がった。今まであまり作業を全然してこなかったが会社の業務がパンク気味になり、検品からアイテム登録から何でもやり。作業の楽しさ(没入感)とかを少しだけわかったのは嬉しかったが、つい頭の体操がてら作業をやっちゃいそうになったので、やらない癖も後期は身につける必要があった。

・ここも一番の成長は対人に思う。組織とは何か。マネージャーとは何か。経営者とは何か。どうすればチームのパフォーマンスが上がるのか。というのは常に自問し改善をしてきたつもりだ。来期も同じようにチャレンジしたい。みんながHAPPYに。そのために全員に少しの負荷と。大きな成長を。

・建築の会社の新規事業もお手伝いしているがも足元の業績は良くなりつつあり、単月では良い調子だ。
ただここも人の問題である。なかなか難度の高い部分もあり、いかにうまくランディングするか。強いPUSHではうまくいかない壁がある。ただ見たことある壁ではあるので、何とかなりそうな気もする。成長で言えば何だろうな。人の成長とか教育にフォーカスしてたような気がする。マネージャー教育がタイムリーな課題だしずっと考えていることである。

と色々書いたが2016年、成長した1年に思う・・・・のだけどこれはいつものことで、一年前の自分なんて本当にどうしようもなかったなと毎年思っている。
とはいえ30代も中盤に入り、気づかないだけで退化(もしくは老化)もしているところもあるはずだ。
感受性であったり、回転であったり、記憶力(これ以上落ちるのかよ)であったりと落ちてる部分はあると思うので、来年はもう少しインプットを高めたいと思う次第。

もう1週間来期に向けてコツコツと目の前の課題に取り組みます。

日々−面接とサカナクション

サカナクション
引用 https://d2mdquvz3bkqq0.cloudfront.net
最近、面接ラッシュである。
ひとりでも良い人に出会いたいという願いをもちつつ面接をしている。

そして面接の終盤に「趣味的な」ことをきいているのだけど、例えば週末とか、例えばどんな本や、例えばどんな音楽聞くのとか。
これは面接というより、その人に興味を持って聞いているだけなんだけど、
ここで「サカナクション」の出現率の高さったら無い。

我々の世代では「フリッパーズ・ギター」であり。そこからのサニーデイ・サービスからの、くるりという変遷という
渋谷系からのあるいみフォークギターの戦いの系譜があるとするなら。サカナクションは最新の流れのはずである(と認識している)

ただ俺はサカナクションの認識は「PVがオシャレな人」ぐらいでしかない。
俺が面接の人に「PVがオシャレな人ね」って言っても全然盛り上がらない。

俺としてはせっかくなので同じ系譜に生きた同士として面接者と趣味を時を超えて分かち合いたいとすら思っている。
出来れば、その場で面接官と面接者とハグなんかしちゃったりして、
一緒に「たからじまぁ〜」とか歌いたいんだけど、いかんせんサカナクションがあまり知らない。
「あめになってぇ何分後ぉ〜?」「いくぅ〜」!とかやりたい。
オゥオゥトゥナイト(WOW WAR TONIGHT)のムーブ浜田さんみたいに肩を組んで面接でサカナクションの「Wow(おぅ)ー♪」とか言いたい。

んで盛り上がって、

これの。

井上「好きなぁ本はぁー?♪」
面接者「なぁああーい♪」

井上「アイデンティティがー?」
面接者「なあーい♪」

井上「はい。不合格。おつかれ」

の流れを夢想しつつ、サカナクションきちんと聞いてみるとフォークをビタイチ使ってなかった。あの優しい音色じゃららーんが聞こえてこない。
鳴らすはドラムとシンバルである。5曲ぐらい聞いたけどドッドッと鳴らしてノリが良くて超キャッチーな感じでした。
でもそう思うとくるりもそうだし、そうでした。

というわけで今日も面接でサカナクションと言えたら「オサレなPVな人」と言う予定です。
気軽に好きな音楽言ってください。
でもさ「キューソ」とか「KANA-BOON」の出現率は異常に低い。レア。その付近の住み分けがあまり分からない。
たまに「BUMP OF CHICKEN」は出て来る。あとPerfume。

KiizanKiizanがサカナクション的な人を引きつけるのか。KiizanKiizanがサカナクションに寄っているのか、・・・いまだ謎である。
たからじまぁ〜♪

日々−2016年プライベート秋前線

ブログを更新する時間は取れないので、写真で何か(茶色い何か)を濁そうと思って携帯の写真フォルダを見たらロクな写真が無かった。
日々インプットが薄いというのが悩みではあるが、それは写真も同じである。全然写真インプットが無い。

というわけでどれぐらいプライベートが苦戦してるかもあわせてわかると思うので、2016年プライベート秋最前線!ここが先頭だ!

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まずこれは会社で仕事をしていて「熱が出てきたから帰る」と僕が言ったところ、ほぼ全員から「熱とか嘘つけ」みたいなリアクションを頂戴し、ほぼ定時だし腹立ったので、家に帰って体温計の写真を撮影して全員に送りつけた時の写真。
それでも誰も疑念を呈したことを謝ってこず。
まあ確かに帰り間際に「40度は無いかもしれないが39度のラインは死守」みたいなことを言っちゃったので、それは少し盛ったと反省してる。ごめん。

 

 

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自転車を止めてたら誰かが自転車のかごにバヤリースの空きボトルを入れていたので撮影してみた。
「おーばやりーす懐かしい。どこのゴミ箱にすてようかなー」ぐらいの知覚の鈍さもあらためて。
それぐらい日々の事件の無さである。

 

 

 

 

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ワンプレート昼飯。
メシの時間が無いときは、自分の足りない栄養素を考えて、それを適当に炒め、まとめ、3分で食う。
食器を洗う手間もあわせて極力省。なぜ写真を撮ったのか?それは5分で完成した自分の手際の良さに感動してパシャリである。
ただ手際って写真に写らないのな。みんなに届け俺のプロセス!

 

 

 

 

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母と妹の写真。
母親より、「誕生日祝え」→俺「忙しいから無理」→母「それこそ無理」→俺「会社付近&土曜日昼ならOK」→「ノー・プロブレム」ということで開催したマザーBirthday。
会社のスタッフを連れていったら面白いかなと思って、家族会に連れて言ってみたけど、別に面白くなかった。
そしてダメな写真フォルダの写真は写りもダメということで、ふたりとも奇跡的に両目をつぶった写真しかフォルダに無かった。ゴメンな。そして同時目を瞑るて親子ななー。

あと横な。縦に写真を変換する気力もなく。そのままアップ。

Tips-最強の読書スタイル完成

あらゆる読書スタイルにチャレンジしてきましたがAmazonの本読み放題のKindle unlimitedにてようやく読書スタイルが完成。
自分史、最強の読書スタイル。
そのスタイルをご紹介。

読書で一番困ることのひとつが、未来の自分が一体何を読みたくなるのか良く分からない。ということである。
ビジネス書を読みたいのか?漫画を読みたいのかすら分からない。
割烹が良いのか、親子丼が良いのか、それすら決まれなければ献立など決めようが無い。
それをKindleが全て解決したのである。
これはunlimitedに関係ないけれども、適当に本を入れておけばOKという世界観の始まりである。
もちろん既に音楽はそうなっていたし、映画もそうなっていたし、なんだったらだいぶん前から本もそうなっていたんだろうけれども、僕は先日気づいたばかりだ。
凄い世界。

んでAmazonunlimitedは10冊の利用が可能で、いまの利用が以下。

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直撮りで汚くて申し訳ないのだけども、これが7冊。直近で読んだ本が上位表示される。中韓の話なんかもunlimitedの効果発揮である。
こういう思想によって考えが大きく分かれるカテゴリは大量の本を読み込んで右と左のバランスを取りつつ、データを交えつつ読みたい。
それを本屋でやろうと思うと大きな出費だが、Kindle unlimitedならいける。「日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほど違うのか」も読み放題である。わりとそういう本もKindle unlimitedにあるので適当に入れて読んでやっていけば、中韓の思惑から日本の立ち位置からあるゆる角度で広めの構造やパースペクティブとして把握できる。政治に関わる本の読書スタイルとしては今までそうしてたんだけど、そういうスタイルが好きならAmazon読み放題はコスト的観点からオススメだ。

次に「必ず出会える!人生を変える言葉2000」なんだけども、これもまた良い。こんな本、本屋では買えない。そして電車でも読めない。
この本の使い方は寝る前に数ページを読んで、その中からおもしろいフレーズをピックアップして、それについて考えるというのをやってる。そんな暇つぶしをやってると知らずに睡魔に強襲され落ちるように寝ている。
昨日は「人間は親から貰った顔のままではいけない。(森鴎外)」というフレーズを反証してた。人の生きざまが顔に出るという話だとは思うのだけれども、これは整形した人のカウンターフレーズとしても機能するかもしれない。日本では整形した人の背徳さもありなかなか整形したかを教えてくれない。そんな世界に対し俺は整形肯定でいきたい。
一昨日は「拍手されるより、拍手するほうがずっと心が豊かになる(高倉健)」というフレーズで。翌日から誰かが会社に来るたびに拍手してみたのだけど、大体がだるそうにされ、まだ僕の心は豊かにならないが、もう少し試してみて健さんの境地にたどり着けるかチャレンジしたい。

あと「飛田の子 遊郭の待ちに働く女たちの人生」である。これは遊郭経営10年の飛田の経営者の苦悩本の続編である。
1作めはめちゃくちゃおもしろかった飛田新地では女の子をどのように集め、どのように集客し、どのように利益を上げるのか?という話で、
レビューを書きたいぐらいに面白かった。こういう本は仕事疲れで何も読みたくないなあってときにピッタリである。飛田の経営者の苦悩は人材の苦悩であり、経営の苦悩である。みたいに結局仕事に戻るのだけど、読みたくなるタイミングのある本である。2作目はまあその。

ひとつひとつの本を書いてと長いので結論から書くと、読みたくなる本がKindleでは大量に置いておけ、そしてその範囲をKindle unlimitedで拾える。ということである。自己啓発も自分では買わないのだけど、読んでると結構面白い「仕事は楽しいかね?」という本もとても楽しかった。仕事の楽しさとは何か?を追求した本であった(冗長すぎたけど)、飛んで埼玉は埼玉県民の苦悩を書いた漫画である。東京都民に虐待される日々であり、これは別に読みたいタイミングなんて無い。出落ちみたいなもんで、50%でお腹一杯である。あと猫背は会社の猫背率が高すぎるので、猫背を直すためにはどうすれば良いのか興味があったので読んでた。ただこれはKindleムキじゃなくて紙の本向きだ(トレーニングとかレシピとかの読み直す系は電子書籍は圧倒的に使いにくい)

 

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2ページめの続編は、あまり読まないリストと言いたいところなのだけど、これは全て読んだ本である。ヒマなので再読したいときにピッタリである。再読は脳をあまり使わないので、2度め読んでも再度興味がある箇所を求めて読み、そうすると記憶に定着する。

後半は飽きてリストの紹介を端折ってしまいましたが、多様な読書に向く読書スタイルはKindle unlimitedであった。とても便利だ。Kindleunlimitedで読みたい本が無くなるまではもう少し続けて見る予定。同じような読書スタイルの人、月額980円なので一度チャレンジしてみると良いと思う。通勤がとても楽しくなっているところ。

ヒマ−良き音楽とは何か?

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音楽のことを書きたいと言いながら、自分の音楽知識は本当に浅いもので、音楽を語るのはとてもつらい(苦しい)。
人から聞かれて困る質問第一位が「どんな音楽が好きですか?」である。
つらすぎる。。。。

でも書こう。書いて恥をかかなければずっと書けないわけで、良き音楽とは一体なんなんだろう。

とはいえ真正面から「良き音楽とは何か」と考えると禅問答のように思考の袋小路に迷い込みそうなので、別の角度から良き音楽を考えてみたい。
例えば、僕はBjorkというアーティストはとても好きなのだけど、僕は特に彼女の音楽を日常的に好んで聞いたりしない。
僕が彼女に興味があるのは、彼女は何を語るのか?何をするのか?である。

そもそも今アーティスト、表現者につきまとう命題は「何を語るのか?」だ。
表現者たちは、格差に対してNOと言って、戦争にNOと言って、核にNOと言うのは僕も賛同するのだけど、彼らは一体何にYESと言うのか?どういうビジョンを示してくれるのか?という所は僕が音楽を中心としたアーティストへの興味のひとつだ。
それが僕がBjorkに興味を持つ理由で、彼女は面白いアプローチ(テクノロジーとエレクトロニクス)から自身のビジョンを提示していく。

同じ文脈で日本のアーティストのUAにも興味があるし(今年の夏にキャバレーみたいなところにライブに見に行った)好きな曲は多く、また新しいアルバムにある「あいしらい」などとても美しい曲でとても好きな曲である。ただ日常的に彼女の音楽を聞かない。

僕が思う良き音楽について語ろう。
その音楽のひとつは高木正勝の音楽である。
先日「大山咲み」という高木正勝のコンサートに京都のロームホールまで行ったのだが、
彼の音楽の全ては、そこには聞くシーンがあり、聞くタイミングがあり、聞き手の聞きたい心情がある。とても実際的な音楽である。
それでいて彼は基本的に音楽的予定調和であったり、聴衆が彼に望んでいるであろうノスタルジーに逃げていないように見える。
昔はよかったなあ。というノスタルジーは現代に生きる人間としてその方向性は少ししんどい。もちろんその音楽的展開はあるのだけども、そこにもきちんと彼のパッションや熱の発露が存在する。夕焼け小焼けじゃないビジョンの示し方であり、そこは生きる上の峻険さの提示である。
聴衆にそうだな。そういうことなんだな。と膝を打つ音楽だ。

彼の音楽は基本的に論理や思考などを介在しない直感や感覚をベースにした音楽だ。
その音楽表現は別の言い方にすればコミュニケーションのあり方である。
ピアニストとしての高木正勝からギタリストとのコミュニケーションであり、バイオリニストとのコミュニケーションであり、パーカッショニストとのコミュニケーションである。
また誰もしらない楽器や身体表現とのコミュニケーションである。

そして彼の京都ロームシアーでそのコミュニケーションはとても親密な空気の塊として成立していた。

もちろんこれは完璧な音楽ではない、バイオリンが走り過ぎだったり、よく知らない楽器がよくしらない表現で有り体に提示されて、何だかよくわからないなあみたいなことも多かった。ただその集積がエモーショナルに訴えかける空気の塊になった。
彼は音楽とコミュニケーションと映像によって、彼の世界を提示する。

そしてその世界感が空気の塊になり、僕らはそこに共振し、僕らの身体の芯に何らかのモノを受け渡されるものだ。
近くの男女はともに涙し、最後はスタンディングオベーションとなった。

これが僕が思う良き音楽のひとつなのだ。

高木正勝

雑感−リオオリンピックの男子卓球を見て思ったこと

A photo by David Schap. unsplash.com/photos/W5TJpNKI9c4

旬な話題を旬が過ぎてから書きたいというわけで。
リオ男子卓球を見ていて思うこと。

それは僕が卓球でメシ食うのは無理げー。である。
まあ僕ではスポーツ全般で無理なんだけども。理由から能力は外すとして、スポーツ系でメシ食うのが無理な理由は日々の修練を本番の一発勝負で結果を出すというプロセスにほかならない。
毎日毎日徹底的に追い込み、そして戦略的に休息を取り、自分の能力が高まるために合理的な日々を生きる。
そして本番当日の一発勝負である。
結果と努力の正の相関はあるとしても、トッププロ選手とほかのプロ選手の練習時間の差にそこまでの相関はあるまい。
あとは才能と本番のコンディションとメンタル勝負である。

そして数あるスポーツのなかでも、特に卓球が無理だ。
まずパーソナルスペースがきつい。相手との距離が近すぎる。
まだスポーツの中でも自分との戦い系競技はわりと平穏に出来るのだけど、相手の感情をもろに受けると、こちらも思いっきり影響される。
攻撃的にこられればムキになってしまうし、馬鹿にされればムキになっちゃうし、挑発されれば、ムキになっちゃう。
スマッシュを叩き込みたいという衝動に駆られて、終始相手に翻弄されるのが目に浮かぶようである。

昔から対人ゲームなんかもそうだ。
今までの文脈から対人の対戦が弱そうに書いちゃったのだけど、そうじゃなくて、もう少し事態は複雑で、対人ゲームはめっぽう強かった。
というのも自分がムキになっちゃうタイプなので人がムキになるポイントはある程度わかるので、先に相手のムキになるポイントにあたりを付けて、そこを付いて、挑発して、相手を苛立たせて、ムキにさせて、そこを狙いすましてカウンター。という手法で、あまりゲームは上手くなかったが対人ゲーは大体が強かったように思う。
ただである。ただそこにプレッシャーが掛かるとダメで、これに勝てば優勝みたいなインセンティブが入ると途端に手に力が入り、今まで自分が挑発してきた相手から
逆に挑発を受けて負けてしまう。シューティングゲームでもみんなが残っているうちはそれなりに強さを発揮出来ても、俺が最後の一人になるとあっけなく負けてしまう。プレッシャーの弱い人間の常である。

卓球はすなわち「インセンティブ」と「対人挑発」のレベルが高すぎる。
目の前で「おっしゃあああーー」からの「さぁああああーー」からの「うぉおおおおおおお」である。
絶対にビクンビクン反応してしまう。
あれ目の前でされてインセンティブが付与されていたらと思うと、自分事のように恐怖を感じてしまう。

経営者でもビジネスでもいいんだけど、プロとして生きるのは楽だ。
日々積み重ねていけばある程度結果に繋がるところがある。
上手く行ってる事例が多くあるので、その事例からエッセンスを抜き取って、自社にカスタマイズして、それを踏襲すれば良いというところがある。
売れる体制作りをすれば、来月もある程度は売れるのが見込めたり、ある程度初動で準備しておけばコピペして次回もサクサク出来たりと、結果に繋がりやすい。

ただですよ。ただね。
いまスタートアップのリーダーとしてやっていて、ややシェアリングエコノミーの時流もあって、取材だとかピッチイベントだとか、人前で話すことが増えているのですね。
そういうのを避けられるというのも非常に経営者のメリットでして。もうガクブルなわけですよ。いまそこにチャレンジするのかとてもとても悩むのですね。
それがあるとそれに気を取られて、本業に身が入らずでとても困る。(決して憂鬱でもなくチャレンジしたいという熱はあるのだけど、ムキになってしまう感じが近い)
そしてムキになって失敗するので、その後も落ち込むわで、仕事は楽しいのに、ナンノコッチャである。

というわけで今ピッチイベントなどを通じて登壇系にチャレンジするかの狭間である。
ただ経営者的なポジションなので、出来るとなると役員クラスになり、それもなあ。である。
出来れば人生ムキになるのは、自分との戦いだけにしたいというのが自分の人生のベクトルである。卓球を見ていて早めに対策を練る必要があると感じる日々。

日々−会社にあたらしいカメラがあった

会社に新しいカメラが来てたので撮影されたり、したり。

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ノーマルレンズ。綺麗なような気がする。

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明るいレンズ。綺麗なような気がする。

以上何か更新しないと情報局より「何か似てるかもしれない紺の2人」を新カメラにてお届け。次回よりコッテリブログ更新がんばります。

雑感−スタートアップにチャレンジする理由

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leeapという新しいサービスをリリースして4ヶ月が経ち、
毎日いろいろなドラマがあって、色んな出会いがって、色んな感情の起伏がある。

えー!こんなに色々とやることってあるんだ?って日々で、全然うまくさばけない。
今まで16年ほど経営者として経験を積んできたのだけど、その経験はあまり機能しない。

そういうプラクティカルな部分以外に、毎日、朝にはテンション上がりすぎて困ったと思ったら、夜には「もうだめだ」ってなったりな日々で精神もあわせて揺れる。

それでもこう毎度スタートアップとしてチャレンジするのはなぜなのか?
自分でもよくわからず、何にモチベートされているのかよくわからないままチャレンジを続けているような感じで、自分でもこうも感情の起伏の激しい日々で安泰の道もいくつありそうだけどもそれを選択せずにチャレンジを続けているのか不思議だ。

ただ改めて、なぜこんな思いをしてるのかと言えば。
チャレンジが無いと飽きるからだと思う。
安泰の道だと飽きる。趣味に活きれば良いのだけど(本に)そうしたら仕事を辞めたいという衝動に繋がってしまう。ふたつに集中する事がイマイチうまく出来ない。
スタートアップが飽きない理由はシンプルだ。常に課題しか存在しないからだ。目の前の課題がこれでもかと詰まれていく。そしてその課題とともにヒリヒリ感がつきまとう。そしてそのヒリヒリ感の胃の締め付けはギャンブルのそれと似ている。
貧弱な装備で登山にアタックしてるみたいな、小舟に少ない食料を積んで新大陸を探すみたいな、
早く登りきらないと、早く新大陸を見つけないと、燃料が切れちゃうというところのギリギリ感がオブセッションのようにつきまとう。
課題とギリギリ感。
毎日のしんどさもちょっと凄ければ、エキサイト感も等価で提供される。

ただこのチャレンジの良き点は、ギャンブルのそれとは違い仲間と一緒に味わえることだ。
今一緒にチャレンジしてくれる仲間がゆっくりと集まりつつあって、このフェーズになれば、この人に声をかけようということも何人か居る。
また外部の協力者も多くの力強い人が援助をしてくれようとしている。

僕としては出来ることはシンプルで。
出来るだけ登り方や針路をぶらさないようにすることだ(実際はブレブレにも思うけれど)
新しいライフスタイルが日本に広まるように頑張っていきたい。
手前味噌だけれど、leeapは本当に面白いサービスで、誰かにとっては堪らないサービスにになりつつある。

まだまだKiizanKiizanは環境的には良くないですが、一緒にめちゃんこ良いサービスを作っていきたい人居ましたら、ぜひお声掛け、ご紹介ください!
環境的にはまだご一緒に出来ないかもしれませんが、一度お話だけでもさせてください。