雑感-貧乏という心的状況について

m80
人と話してて、お金を持たない相手への蔑視やら貧乏への拒絶やら、それらの反応に出会うことは多い。
まあ結婚においてお金というのは重要視されるので、それらはちと置いといて、自分個人が貧乏というのは、本当にそこまでイヤなものであり、価値の無いものなんだろうか?というのは、よくよく考えてみたい。そんなにイヤですかね?貧乏。

とはいえエグゼクティブに属する立場の人は成果を出すという役目があったりするので、それらは度外、また扶養を多くされてる方も諸事情あると思うので、少し本議論から外してみよう。
以外は金持ちである必要と、金持ちである幸せ相関というのは、よくよく考える必要がある。

先日、30歳前後の女の子と話してて、お金が欲しいみたいな話になったんだけど、僕としては単純な疑問として「なんでお金欲しいの?」と聞いたところ、欲しいに決まってるという回答があったので、何か欲しいモノあるの?と聞くと、めちゃくちゃある。かばんも欲しいし、旅行に行きたい。ということだった。
そこで僕は「今の幸せが10として、毎月お金を10万使うことでその幸せの値を15にできる?」と聞いたところ「余裕で出来る!毎月5万分服を買って、2万ご飯食べに行って、3万旅行資金に溜めて、半年に一回旅行する」といった。

その考えの良し悪しを判断するつもりは全然無いのだけども(それは良くも悪くもひとつの考え方に思う)本当にそれはお金じゃないと解決できない問題なんだろうか?なと疑問に思う。どうしてもそれはお金じゃないと手に入らないものであれば、仕方ない。今の状況を蔑んで、その状況を追い求めるしかない。ただそれは貨幣を介する事でしか獲得できない何かなんだろうか?

でもさ、正直いうと貧乏というのはとても楽しい心的状況に思うのだ。
うわー買えねええ!くっそー!でも俺はこうやって楽しめたああ!ってなるととても自分としての能力を褒めたくなる。
僕の趣味は古本めぐりなので、これはお金持ちとか貧乏とか関係ない遊びである。手に入れることが目的じゃなくて手に入れるプロセスを楽しむものだ。
ここで変なエスタブリッシュなイギリスの紳士が、井上くん、それらの本全部買ってあげるよ。とかなると、ケッってなる、何もわかってない。
この本に500円は出せないな。とかこの本が1000円とかの作者と本の価値と俺の考え方のバランスを見るのが楽しい。それを上回る本を獲得できると嬉しすぎるという感じで1日ニコニコしてたりする。
それはお金の多寡というよりは、自分の想像力の話に思うのだ、

そして僕は思うのだけども、金持ちとか貧乏よりも、僕は想像力が無い人がとても貧しい人に感じてしまう。蔑視すべき(って別にしないけどさ)対象はそういう人のような気がする。何ら想像も出来ず、話はすべてどこかで聞いたことあるような話で、話してて退屈な人こそ、凄く貧乏に感じる。それよりも、ササヤカなことで楽しんだり、面白みを見つけたり、話してて楽しい人の方がとても豊かなような気がするのだけども。そういえば僕はまじめにコツコツと長く仕事をしてきた人の話を聞くのが好きだ。
とはいえ、僕は上述した責任者という立場なので、徹底的に利益に拘るんだけどさあ。来期売上5億!とか言っちゃってるので、超お金主義だけども。もう片方ではできるだけいろんなことを想像しながら生きていきたいなと。ゆっくり本を読みたいなと。

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