日々-朝、家を出る5分前に言いたいこと

あと5分で家を出るんだけど、何かブログを書きたい。
5分で書けることを書くか。5分で伝えたいことを書くか。
どちらを書くか。

5分で伝えたいことを書こう。
それは最近の漫画ダンジョン飯からの二番煎じの多さと、駄作の少なさについて書きたい。
ありえない場所でメシ食う漫画多すぎてうんざりって言いたいんだけど、なぜか駄作の少なさに驚く。わりとどれも面白い。
いや、そもそも料理漫画というのはある程度安定する題材なのかもしれない。って書こうと思うも。
これを書くには過去の料理漫画の系譜を探り、ダンジョン飯の新規性を語らねばならない。予想するに30分は掛かる。

というわけで調べる時間は無いので、
・料理漫画って長寿漫画が多いはず(予想)
・料理漫画が長寿になるのはネタのバリエーションの豊富さである(思い込み)
・その料理漫画と何かが組み合わされば、例えば強面パパだったり、鉄鍋をもったバトラーだったり、可能性は無限である(適当)
・その着想からの「食べられないモノ」を料理のプロットに放り込む×「シチュエーション」というのがダンジョン飯の着想(そのまま)
・なぜダンジョン飯が滑らないのかというと・・・(時間切れ)

と結論なしでタイプを辞める。
元気があれば書き直す。で、これまでの時間7分・・・遅刻。遅刻してまでこれが言いたかったのか。結論は出ない。

日々−会社名を考える

仕事柄、必要に応じて会社名とかサービス名を付けることがある。
先日は洋服メーカーの名前を決めることになり「「GOPPOI(ゴッポイ)」って名前にしようとしたら、凄く反対された。それだけはイヤだと。エロと近代っぽさがあっていいんじゃないかなと思ったんだけど。

んで、昨日は会社名を考えなくてはならず漫画ピンポンが好きだし「株式会社サンクレロ」にしようかなと思うも、これまた決まらず。
「さんくれろ」というのは敬称(さん)で読んでという意味で、「井上」じゃなくて「井上さん」と呼んでくれという意味で「さんくれろ」。
そんな敬称が飛び交う人を敬う会社にしようと思うも、決まらず。

そんなこと言ったらうちの社名のKiizan×Kiizanだって、元を言えば、HUNTERXHUNTERが好きだったのが理由だけど、今となっては言いにくい。
いまは人と人を結んでサービスを作るとか言ってるけど、もとはHUNTERXHUNTERである。あの名作をリスペクトしないでどの作品をリスペクトすんだって話である。

というわけで次の会社名はピンポンから取りたいんだよなあ。
スコンク(1点も取れずにまけること)、ニキータ(レシーブの技の名前)。。。
うーん。もう面倒だし井上商店とかにしようかな。もしくは株式会社井上井上とか。2回言ってみるシリーズを踏襲。徐々に増えるとか。井上井上井上井上みたいな感じで。
何か疲れているかもしれない。休みください。

雑感−説教する大人が知らない若者の力

毎日仕事をしていて、相手の年齢を意識していないのだけど、それでもふと回りを見回してみるとチームメンバーは一回り以上年齢が離れていることに気づく。

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うちに来る20前半といえば学生が中心である。そんな学生と仕事をしていて「あれ、もしかしてこの子、俺より能力高くない?」みたいことが頻発する。
まあ学生とはいえベンチャーの門戸を叩いてチャレンジしようと思ってくる若者という能動的なレイヤーが中心ではあるが、それでもまだ学生に負けるとは思っていなかったので、悔しいより。驚きの方が強い。
なんだったら半分以上の能力で負けてない?みたいなことも(経験がモノを言うITまわりでさえ!)。

え?井上さん、そんなことも知らないっんスカ?ってなモンであります。

また仕事の能力だけじゃなくて、彼らと話していて、多様な価値観、まだ社会に矯正されていない価値観に振れると、僕自身の気づきになることも多い。
先日は学生インターンのあかりちゃんと昼メシ(どん兵衛)を食ってて、あかりちゃんに仕事をする理由を聞いたところ、「わたし毎日仕事で(精神的に)切り刻まれながら生きたいです。もう圧倒的に仕事がしたいんです」と言われ、俺も意志としてはそう思うところはあっても、ふと自分はそんな真摯に仕事に向き合ってるのかしらん。と自問することになる。昨日もファイナンスの勉強をしようと大量の本を持ち帰るも、結局帰り道にコンビニでビールを買って、家帰ってプシュっとしてしまった。ダメすぎる。

そんな若者とのワーク経験を繰り返すうちにベンチャーの門戸を叩く若者を尊敬するようになった。若者に対しての俺のイメージ概観は「俺より能力が高い人達だ、そして俺の知らない何かを知ってる人だ」みたいな感覚である。こうなると日々若者と接するのが楽しくなって、基本的に好奇の目で彼らと接している。

そんな彼らと接して、こちらが気づきを得るためのポイントは。
・説教しないことである。
こちらの価値観を押さないこと。

基本的に彼らの「価値観」とこちらの「価値観」を等価に扱う。
あくまで「価値観」は提示し検分するものであって「価値観」を摂取したり飲み込むよう教唆したりしてはいけない。
価値観混ぜるなキケンの精神である。

例えばこちらの意見を出すにしても、
俺は仕事をする意義はこういうところにもっているが、キミはどう思っていて、KiizanKiizanでインターンとして仕事をしていてどう変わったんだ?ということを質問する。ときに鬱陶しがられるけれど、こちらが質問だけするとこちらは楽しいのだけど、相手にとっての気づきにはならない。それじゃあ気づき泥棒である。
そっとこちらの価値観もそこに置いておく。つまらないものですが。ご確認くださいなと。

ただ僕がこういうことを言うと別の人から「若者なんて何も分かってないんだから、道を教えて正しい方向に引っ張らないといけない!」と怒られるんだけど自分の過去を振り返って誰かの意見で何かの道に進んだという経験よりも、こちらの意見を全部受け入れてもらって、それでも綺麗で強力なカウンターの一撃を貰って、そこから自分で考えたことばかりを記憶している。
まあさ、どちらが正しいより若者に説教しちゃうと相手が肯定YESモードになることが多くて、こちらとしては新たな気付きを頂戴したいのに、本末転倒でもある。

というわけで僕が若者に取るべき対応は
・若者を子供扱いしないこと
・多様な価値観に触れる機会をつくること

のふたつを徹底している。
彼らが多くの価値観に触れるように環境を作る。
そして仕事でこちらの仕事で目指す方向はハッキリと押し出す。お客を楽しませたいんや!と。
その方向で一緒に仕事を通じて切磋し、彼らはそこから自分に必要な価値観を創出するはずだ。

こちらとしてはその2つが徹底出来れば、あとはフリータイムで若者のエネルギーを吸収してOKなはずだ。
大人で若者の話を聞かずに説教しているのは、まだ彼らが持つ芳醇でどっばどっばのたっぷたぷの純粋な滋養を得たことが無いからではないか。
そこを摂取出来れば、こちらだけが一方的に説教をしようという気は失せるはずだ。

真っ直ぐな目で「井上さんはなぜ仕事をしているんですか?」なんて聞かれてごらんなさいよ。
もう堪りませんよっと。

日々−メマグルシ

先日、古参のスタッフと昼飯(エビフライ)を一緒に食ってたんだけど、そのスタッフに「サービス当初はわたし1人で社内勤務とか普通にありましたよねえ」といってたが、それも半年前で(別に開発チームは仕事場が離れていただけだけど)気づけばチームは10人を越えた。

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もちろん順風にビジネスが進んだわけじゃなくて(順風な経験なんてひとつもなく)、たりないことばかりで、ダメだったことを書き上げれば20は軽くあるんだけど、ひとつ有り難い進展は良いサービスを作ろうと思っているスタッフが徐々に、そして確実に集まっていることだ。
そこが一番苦心してたので、本当に有り難い限りだ。

まだお披露目されてない隠し玉なんかも居て、また一緒に机を並べて仕事をしていないけれど遠隔でワークしてくれてる凄腕たちも多くて、力強い環境ができあがりつつある。

ただ今の一番の不満は、チームの中で自分のパフォーマンスが一番不出来なようにも思えており、そこを、もうちっと頑張りたい。
頑張るところはシンプルで、みんながもっと仕事をやりやすく、パフォーマンスが上がるような環境作りをすることだ。ここに僕が力を割くことでレバレッジが効いてチームメンバー全体のパフォーマンスが高くなるはずだ。成果に繋がるところに彼らの力が割けるようにすること。

そして一番成果に繋がる大事なタスクにメンバーが集中して、結果お客さんをもっと楽しませたい。願うはそこであります。
コツコツと頑張ります。

日々-一応2016年を振り返ってみよう

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弊社の忘年会も終わり(写真は店に入る直前の写真)そろそろ2016年も終わる。

今年1年を振り返ってどうだったんだろう。というエントリーを書こうと思うも。今年なにがあったのか全然思い出せない。何があったのか?
そんなときはGoogleカレンダーである。30分単位でスケジュールを入れているので(仕事内容ベースで)すぐに振り返り可能である。
振り返りながら思ったこと。

▲統括
・カレンダーを読み返したら、うぅっとなるほど苦しい思い出が蘇った。カレンダーの思い出解凍機能を初めて体感。
自分では2年前と比べたら全然仕事的に楽だと思ってたけど、時系列で振り返ると、うげー。ってこと大量にあった。

▲苦しんだこと
・組織の常だろうが人の問題に苦しむ。まあ上手くは行かない。たださ上手く行かないながらも負けない方法というか。負けても極力ダメージにならない負け方というかそういうのを学ぶ。まあ苦しいが大体の問題は人由来のもので。今後も苦しむとは思うが当たりの付け方は見えてきた。ほどほどに。

・Hidekiというサービスを締めるのは辛かった。キレイに仕舞え無くてとても苦しかった。僕としては楽しい。経験値が上がったというのは真実の面もあるが、責任者としてそれだけでは片付けられない。ひとつでも良い教訓のマテリアルを拾い自分の血肉にしたい。人は頭を打ってようやく血肉になる。

・苦しいというか残念というか自分の不甲斐なさというか。出会いがあれば別れがある。出会いの多い1年だったけれど、別れも多い1年だった。誰かが言った「ひとつ年を取るのはひとつ孤独になることだ」という言葉を思い出してしまうぐらいに色々な別れはあった。

とはいえ色んな問題に苦しむも目の前に大量の課題が山積みという状況は素直に嬉しかった。
Hidekiでは販売するモノを作るというところに苦戦し。そこを解消するためにチャレンジするも何をやっても結果に繋がらないというのがあったが、leeapでは目の前に課題があり、大きな課題を解決するとひとつ前進するというのは改めて仕事の楽しさを実感した。そしてそれがサービスの成長に繋がる面白さと事業のダイナミズムを味わうことになり、こんなように課題があるような状況と課題を解決したいという動機の中に自分の一生を埋没させたいと思った1年である。

ってなことも含めて。成長したこともいっちょ。

▲成長したこと
・Calendarを見るに凄い数の面接とか面談してるなあ。
面接力は上がったのかというと別に上がってないし、語れることも特に無い。何か掴めそうで掴めないが面接だ。
とはいえ面接で和ませる技術もついたように思う。素を出して欲しい。互いの相性もあるし。面接は採否というよりお見合い。

・仕事内容にも着目すると、契約書やら利用規約やら仕様書やらデザインラフやらメルマガテンプレやら面接のテストやら教育カリキュラムやら何でも手を動かしている。やったことないことを手早く作るはググるセンスだ。うまくググれたらその問題は大方解決している。そこからエッセンスを読み込み学び自分の仕事に当て込む(模倣・・・。)
でもそれが成長につながってるかというと微妙だ。別にどれも技量的にショボい。なんかスタートアップの初期フェーズのみに使う力に思う。要らない

・ルーティン的な作業スピードも上がった。今まであまり作業を全然してこなかったが会社の業務がパンク気味になり、検品からアイテム登録から何でもやり。作業の楽しさ(没入感)とかを少しだけわかったのは嬉しかったが、つい頭の体操がてら作業をやっちゃいそうになったので、やらない癖も後期は身につける必要があった。

・ここも一番の成長は対人に思う。組織とは何か。マネージャーとは何か。経営者とは何か。どうすればチームのパフォーマンスが上がるのか。というのは常に自問し改善をしてきたつもりだ。来期も同じようにチャレンジしたい。みんながHAPPYに。そのために全員に少しの負荷と。大きな成長を。

・建築の会社の新規事業もお手伝いしているがも足元の業績は良くなりつつあり、単月では良い調子だ。
ただここも人の問題である。なかなか難度の高い部分もあり、いかにうまくランディングするか。強いPUSHではうまくいかない壁がある。ただ見たことある壁ではあるので、何とかなりそうな気もする。成長で言えば何だろうな。人の成長とか教育にフォーカスしてたような気がする。マネージャー教育がタイムリーな課題だしずっと考えていることである。

と色々書いたが2016年、成長した1年に思う・・・・のだけどこれはいつものことで、一年前の自分なんて本当にどうしようもなかったなと毎年思っている。
とはいえ30代も中盤に入り、気づかないだけで退化(もしくは老化)もしているところもあるはずだ。
感受性であったり、回転であったり、記憶力(これ以上落ちるのかよ)であったりと落ちてる部分はあると思うので、来年はもう少しインプットを高めたいと思う次第。

もう1週間来期に向けてコツコツと目の前の課題に取り組みます。

日々−面接とサカナクション

サカナクション
引用 https://d2mdquvz3bkqq0.cloudfront.net
最近、面接ラッシュである。
ひとりでも良い人に出会いたいという願いをもちつつ面接をしている。

そして面接の終盤に「趣味的な」ことをきいているのだけど、例えば週末とか、例えばどんな本や、例えばどんな音楽聞くのとか。
これは面接というより、その人に興味を持って聞いているだけなんだけど、
ここで「サカナクション」の出現率の高さったら無い。

我々の世代では「フリッパーズ・ギター」であり。そこからのサニーデイ・サービスからの、くるりという変遷という
渋谷系からのあるいみフォークギターの戦いの系譜があるとするなら。サカナクションは最新の流れのはずである(と認識している)

ただ俺はサカナクションの認識は「PVがオシャレな人」ぐらいでしかない。
俺が面接の人に「PVがオシャレな人ね」って言っても全然盛り上がらない。

俺としてはせっかくなので同じ系譜に生きた同士として面接者と趣味を時を超えて分かち合いたいとすら思っている。
出来れば、その場で面接官と面接者とハグなんかしちゃったりして、
一緒に「たからじまぁ〜」とか歌いたいんだけど、いかんせんサカナクションがあまり知らない。
「あめになってぇ何分後ぉ〜?」「いくぅ〜」!とかやりたい。
オゥオゥトゥナイト(WOW WAR TONIGHT)のムーブ浜田さんみたいに肩を組んで面接でサカナクションの「Wow(おぅ)ー♪」とか言いたい。

んで盛り上がって、

これの。

井上「好きなぁ本はぁー?♪」
面接者「なぁああーい♪」

井上「アイデンティティがー?」
面接者「なあーい♪」

井上「はい。不合格。おつかれ」

の流れを夢想しつつ、サカナクションきちんと聞いてみるとフォークをビタイチ使ってなかった。あの優しい音色じゃららーんが聞こえてこない。
鳴らすはドラムとシンバルである。5曲ぐらい聞いたけどドッドッと鳴らしてノリが良くて超キャッチーな感じでした。
でもそう思うとくるりもそうだし、そうでした。

というわけで今日も面接でサカナクションと言えたら「オサレなPVな人」と言う予定です。
気軽に好きな音楽言ってください。
でもさ「キューソ」とか「KANA-BOON」の出現率は異常に低い。レア。その付近の住み分けがあまり分からない。
たまに「BUMP OF CHICKEN」は出て来る。あとPerfume。

KiizanKiizanがサカナクション的な人を引きつけるのか。KiizanKiizanがサカナクションに寄っているのか、・・・いまだ謎である。
たからじまぁ〜♪

日々−2016年プライベート秋前線

ブログを更新する時間は取れないので、写真で何か(茶色い何か)を濁そうと思って携帯の写真フォルダを見たらロクな写真が無かった。
日々インプットが薄いというのが悩みではあるが、それは写真も同じである。全然写真インプットが無い。

というわけでどれぐらいプライベートが苦戦してるかもあわせてわかると思うので、2016年プライベート秋最前線!ここが先頭だ!

Jpeg

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まずこれは会社で仕事をしていて「熱が出てきたから帰る」と僕が言ったところ、ほぼ全員から「熱とか嘘つけ」みたいなリアクションを頂戴し、ほぼ定時だし腹立ったので、家に帰って体温計の写真を撮影して全員に送りつけた時の写真。
それでも誰も疑念を呈したことを謝ってこず。
まあ確かに帰り間際に「40度は無いかもしれないが39度のラインは死守」みたいなことを言っちゃったので、それは少し盛ったと反省してる。ごめん。

 

 

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自転車を止めてたら誰かが自転車のかごにバヤリースの空きボトルを入れていたので撮影してみた。
「おーばやりーす懐かしい。どこのゴミ箱にすてようかなー」ぐらいの知覚の鈍さもあらためて。
それぐらい日々の事件の無さである。

 

 

 

 

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ワンプレート昼飯。
メシの時間が無いときは、自分の足りない栄養素を考えて、それを適当に炒め、まとめ、3分で食う。
食器を洗う手間もあわせて極力省。なぜ写真を撮ったのか?それは5分で完成した自分の手際の良さに感動してパシャリである。
ただ手際って写真に写らないのな。みんなに届け俺のプロセス!

 

 

 

 

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母と妹の写真。
母親より、「誕生日祝え」→俺「忙しいから無理」→母「それこそ無理」→俺「会社付近&土曜日昼ならOK」→「ノー・プロブレム」ということで開催したマザーBirthday。
会社のスタッフを連れていったら面白いかなと思って、家族会に連れて言ってみたけど、別に面白くなかった。
そしてダメな写真フォルダの写真は写りもダメということで、ふたりとも奇跡的に両目をつぶった写真しかフォルダに無かった。ゴメンな。そして同時目を瞑るて親子ななー。

あと横な。縦に写真を変換する気力もなく。そのままアップ。

ヒマ−良き音楽とは何か?

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音楽のことを書きたいと言いながら、自分の音楽知識は本当に浅いもので、音楽を語るのはとてもつらい(苦しい)。
人から聞かれて困る質問第一位が「どんな音楽が好きですか?」である。
つらすぎる。。。。

でも書こう。書いて恥をかかなければずっと書けないわけで、良き音楽とは一体なんなんだろう。

とはいえ真正面から「良き音楽とは何か」と考えると禅問答のように思考の袋小路に迷い込みそうなので、別の角度から良き音楽を考えてみたい。
例えば、僕はBjorkというアーティストはとても好きなのだけど、僕は特に彼女の音楽を日常的に好んで聞いたりしない。
僕が彼女に興味があるのは、彼女は何を語るのか?何をするのか?である。

そもそも今アーティスト、表現者につきまとう命題は「何を語るのか?」だ。
表現者たちは、格差に対してNOと言って、戦争にNOと言って、核にNOと言うのは僕も賛同するのだけど、彼らは一体何にYESと言うのか?どういうビジョンを示してくれるのか?という所は僕が音楽を中心としたアーティストへの興味のひとつだ。
それが僕がBjorkに興味を持つ理由で、彼女は面白いアプローチ(テクノロジーとエレクトロニクス)から自身のビジョンを提示していく。

同じ文脈で日本のアーティストのUAにも興味があるし(今年の夏にキャバレーみたいなところにライブに見に行った)好きな曲は多く、また新しいアルバムにある「あいしらい」などとても美しい曲でとても好きな曲である。ただ日常的に彼女の音楽を聞かない。

僕が思う良き音楽について語ろう。
その音楽のひとつは高木正勝の音楽である。
先日「大山咲み」という高木正勝のコンサートに京都のロームホールまで行ったのだが、
彼の音楽の全ては、そこには聞くシーンがあり、聞くタイミングがあり、聞き手の聞きたい心情がある。とても実際的な音楽である。
それでいて彼は基本的に音楽的予定調和であったり、聴衆が彼に望んでいるであろうノスタルジーに逃げていないように見える。
昔はよかったなあ。というノスタルジーは現代に生きる人間としてその方向性は少ししんどい。もちろんその音楽的展開はあるのだけども、そこにもきちんと彼のパッションや熱の発露が存在する。夕焼け小焼けじゃないビジョンの示し方であり、そこは生きる上の峻険さの提示である。
聴衆にそうだな。そういうことなんだな。と膝を打つ音楽だ。

彼の音楽は基本的に論理や思考などを介在しない直感や感覚をベースにした音楽だ。
その音楽表現は別の言い方にすればコミュニケーションのあり方である。
ピアニストとしての高木正勝からギタリストとのコミュニケーションであり、バイオリニストとのコミュニケーションであり、パーカッショニストとのコミュニケーションである。
また誰もしらない楽器や身体表現とのコミュニケーションである。

そして彼の京都ロームシアーでそのコミュニケーションはとても親密な空気の塊として成立していた。

もちろんこれは完璧な音楽ではない、バイオリンが走り過ぎだったり、よく知らない楽器がよくしらない表現で有り体に提示されて、何だかよくわからないなあみたいなことも多かった。ただその集積がエモーショナルに訴えかける空気の塊になった。
彼は音楽とコミュニケーションと映像によって、彼の世界を提示する。

そしてその世界感が空気の塊になり、僕らはそこに共振し、僕らの身体の芯に何らかのモノを受け渡されるものだ。
近くの男女はともに涙し、最後はスタンディングオベーションとなった。

これが僕が思う良き音楽のひとつなのだ。

高木正勝

日々−会社にあたらしいカメラがあった

会社に新しいカメラが来てたので撮影されたり、したり。

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ノーマルレンズ。綺麗なような気がする。

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明るいレンズ。綺麗なような気がする。

以上何か更新しないと情報局より「何か似てるかもしれない紺の2人」を新カメラにてお届け。次回よりコッテリブログ更新がんばります。