日々-引っ越しが趣味による日々の変化

引っ越しが趣味と言い始めてからはや15年。
住宅街(尼崎)→都会(心斎橋)→川沿い(京都)→山の麓(京都)→霊園(緑地公園)→商店街(東大阪)という変遷で。次は城(大阪城)の前というところ。
来月引っ越し予定。

昨年東京にもマンションを借りたので(錦糸町)、趣味がダブルで進行となり、これからも趣味が捗ること間違いなしである。
まあできれば事務所も適時引っ越したいんだけど、それはあまりにみんながハードだと思うので、今は辞めておこうと思う。

引っ越しを趣味と公言したのは、とある小説で人が変わる方法は3つしかない「会う人を変える」「住む場所を変える」「食べるものを変える」と聞いて、その説が面白いと思い、そこからこの趣味がスタートした。ただ僕はこの小説がどの小説だったか全然思い出せず、実は大前研一さんの名言、人間が変わる方法は「時間配分を変える」「住む場所を変える」「付き合う人を変える」という3つだという説を変な覚え方をしただけという可能性も捨てきれずにいる(その名言の続きで「一番効果が無いのは、俺は変わる!という決意だと続く。名言ですねー)

その説を支持するとして、では引っ越しで自分の何が変わったのか?と言われるととても悩むのだけども(比較できないので)少なくともその土地土地が自分の思考パターンに影響は与えるように思う。例えば京都で鴨川沿いに住んでて、日々常に大きな川とともにある生活というのは、とても心を穏やかにし大きなレンジでモノを考えられたように思うし、山の麓の生活は自然の厳しさを強く感じ、当時はわりとシリアスなモノの考え方だったように思う(夜の山が本当に怖かった。漆黒の暗闇)

そういえば書籍のホモ・サピエンス全史では農耕民と狩猟採集民を比較し、いかに農耕という生活が悲劇を生み、採集という生活が豊かな生活だったのかを説明した章があって、そこに書かれているのは、僕の引っ越しスタイルを説明するにとても適している。
ホモ・サピエンスでは農耕をすることで安楽に暮らせる新しい時代になる思ったが実際にはそうはならず、手に入る食糧を増やすことはできたが、食糧の増加は、人口爆発(生活の質の低下)と飽食のエリート層の誕生につながったと説き、平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた、そして定住することでまわりとの陣地の奪い合いのリスクと、定住場所で来月の食料がきちんと確保できるかという不安が続く生活が始まることになった。と結ばれる。

これは引っ越しにも言えることで、手に入る食料を目的(快適さや利便性)にするのではなく、常に移動を続けるという視座(この街の面白さを探す視点と次移動するという視点)、定住しないこと(逆に言うと定住したいと思える場所を探すこと)のどこに行っても心理的な前のめり感の獲得というメンタルを獲得することができる。
自分にとって何が大事なのか、日々何を考えたいのか、何を目的にしたいのか?というところである。

その目的から言えば、僕の引っ越しルールは同じ環境には引っ越しをしないである。生活の安定や利便性よりは何か面白そうという直感を大事にし、常に違うインプットを受けるというのを目的にしている。
なお現在では、その直感を信じた結果、今は長屋住まいである。壁が隣と共有である。エコ!隣の人の鼻歌が聞こえてくる環境であります。へー男性だけどAiko好きなんだね!みたいな環境であります。
ただこういう環境の生活を続けると、変化には強くなっていく。どんな環境でも生けていけるな。という強い確信が自分に生まれる。
前回は往復3時間のところに住んでいたし、その前は駅まで徒歩35分のところに住んでおり、まあ家に虫が出ようと、冷暖房が無くとも、外の扉が閉まらなくても、風呂から上がってうたた寝したら髪が凍っていたり、天井の雨漏りで全部の書籍がダメになっても、まあいっか。の心境になる。
まわりの環境にキモチが影響されない人生だと人生イージーモードである。まあ図書館さえ近くにあれば、ぼちぼちハッピーみたいな感じな日々となる。

ただ趣味は捗ると書いててあれだけど、関西ではそろそろ引っ越し場所が見つからない問題がある。大体の環境に住んだような気もする。
あわせて昨年、子供が生まれまして、未来子供が大きくなると、引っ越しもしにくくて、そこらも趣味終焉が近いのかどうか。東京はまだまだありそうで、東京だけで引っ越しを続けるもひとつだ。
私的には海外に住みたいなあみたいなキモチもジワジワ出てきてるところで、まあとりあえずは次の城の前に住むという環境を楽しみつつ、趣味が継続出来るか探る予定だ。
城の付近に住むことで自分の思考パターンにどう影響するのか!?はてさて!

自分の会社説明のパワポを作ってみた!

KiizanKiizanではエンジニアを募集しているのですが、対外的にウチってどう見えているんだろう?誰も知らない。レンタルの会社?ってなぐらいのモノで。
というところからKiizanKiizanの会社説明とエンジニアリングの体制についてまとめました!

本当におもしろいプロダクトを作りたいという思いが強く、それを実現するために最高にステキなチームを作りたいと考えています。

一緒にこの世に「あたらしいアタリマエ」を作って欲しいです。
大阪で興味があるエンジニアの皆さん、気軽に話を聞きに来てください!

仕事−経営者ができる開発体制の環境つくり

たまには仕事のことも。
社内勉強会向けのスライドをシェアします。
経営者としてKiizanKiizanというスタートアップでいかに強い開発体制を作るために開発に対して何を考えていることをシェアしました


に課題解決にチャレンジしたい!
そのためにやることは多い。ひとつひとつ取り組みます。

日々−スタートアップ経営者の休日の正しい過ごし方

皆さん、休日何してますか?
俺は休日は基本的に喫茶店に居る。
皆さんに休日の質問をしたが、それはフリであり、ただ自分のことを喋りたいだけのエントリーである。

俺は休日の朝は喫茶店に居る。
休日は朝起きたらすぐに喫茶店に行く。どうしようかな・・・喫茶店行く?も、やっぱりやめ・・・ううん!行く!も無く、起きたらすぐにスニーカーを履いて喫茶店に行く。
検討も相談も躊躇も助走も哀愁も胸熱も愛欲も無く、立ち止まって立ちすくんだりも、為す術もなく打ちひしがれたりもせずに、限界にぶつかって厳格な父親から喫茶店なんて辞めちまえ!も無く、利根川の「喫茶店は命より重い・・・」も無く、すぐ喫茶店行く。
逆に喫茶店に行く勇気あるの凄いわ!とか言われるかもしれないけれど、喫茶店に行くのに勇気は必要はない。
喫茶店まで行く手段と500円さえあれば、喫茶店は我々を迎えいれてくれる。
ようこそ。喫茶店へ。ってね。(Welcome to KISSA−TEN)

喫茶店はモーニング一択である。
厚切りパンにバターをたっぷり塗って口に投下し、極重のゆでたまごをがぶりのアイス珈琲流し込みである。
そして身体中の細胞が朝と知覚するのだ。
俺の目覚めである。グッドモーニングToday!やっほー今日という1日!さよなら昨日!Yesterdayおまえとはもう二度と会うことは無い!というわけだ。
喫茶店に行ってモーニングを食べてから1日がスタートということは、スタートからボーナスがついてると同義である。
例えるなら、次生まれ変わって、鏡を見たら「彼女がその名を知らない鳥たち」の蒼井優の顔に生まれ変わるぐらいのボーナスだ。
朝、アナタは自分の顔を見てあの蒼井だったら・・・今回の人生は勝てるかもしれない。そんな確信めいたキモチになるだろ?
そういうことだ。それが朝の喫茶店である。今日は勝てる・・・。

俺は今まで技術介入の低めの対人ゲームを得意としてきて(例えば麻雀的とかUNOとか)その折に学んだことは、勝てるときはどこまでも強気で攻めろということだ。勝ちが勝ちを呼ぶのだ。特に持ち札が強くもなくても、相手が勝ち気に怯むのである。
このまま勝つなら・・・そう昼飯もそのまま行く!寿司だ!SUSHIだ!である。え?この赤と白のコントラストといい、すごく精微に作れているけれどいつの時代のミケランジェロの作品?ローマ時代?いやそれミケランジェロの彫刻やないんや。芸術作品に見えるかもしれへんけど、それはミケランジェロの作品じゃない、それは寿司だ。SUSHIなのだ。昼勝ちは寿司。ランチの寿司盛り合わせ、980円である。
日常的にカウンターの寿司に行き慣れては居ないので、大将に注文する折に「も。。。もりあわせっ!!」みたいな感じで慣れてない感じが出まくるが、そこは勝ち気で言い切る。「せっ!」までちゃんと言う。間違っても「ま、、まちあわせっ!」って言ってはならない。お連れ様が来るまでお待ちしますね。ということで寿司は来ないから注意して欲しい。
たまご、たい、かんぱち、いか、えび、まぐろの順で食し、合間に飲む赤出汁で身体もあったるのは容易に想像つくるだろう?

そうスタートアップ経営者の休日は圧勝。月曜からの苦戦に備えて、日曜は圧勝。それがスタートアップ経営者の過ごし方である。
スタートアップでチャレンジされる皆さん心折れないよう、休日は英気養いつつ、お互い頑張りましょう。

日々−フォーマット断念

先日からの流れでブログを継続させるためにエントリーをフォーマット化していくつかエントリー起こすも、まあ自分にそういう才能ないの忘れてたのな。
短文に考えをまとめる。5・7・5的な、想いを載せて刻むよライム的なの含め全面苦手。制限があればあるほどそれに頭が取られ文章書けない。Twitterもそれら原因でうまく馴染めなかった。
ってわけでブログ更新のためのフォーマット化を諦め、ある程度まとまった文章を書ける、何か毎日更新に向いたコンテンツみたいなのを考えたい。
毎日絶対やってることと言えば、なんだろうなあ。皿洗いとか?
洗った皿の置き方を毎日アップ。この油汚れに俺がどう向き合ったのか!ノンフィクション皿洗い実録井上宅の皿洗いHistory!

日々−ブログ継続続編

皆さん物事を継続することは得意ですか?
実はぼくはわりと得意で、決して苦手ではない。

まあ継続のコツは「頑張らない」「考えない」の2つ。
例えばダイエットを継続ってなると大変だけども、
「毎朝の飲み物を変える」ってだけなら特に頑張る必要が無いので(毎朝のオレンジジュースとか)そういうのを全部置き換える。
だから運動をするとしても、自分がしんどいなあと思うことは続かないので、やらない。でも毎日の移動でエスカレーターを階段に変えるなど日々の行動における頑張らなくても出来るかなという様子を少しずつ変更していく。

続いて「考えない」で言えば
ランニングを継続したいと思ったら「朝起きてランニングをしよう!」じゃなくて、取り敢えず外に出てみる」ってのをやる。決して考えない。
朝起きてランニングをするにすると「今日やる?」という考えがどうしても走ってしまう。
そのために考えずに朝置きたら、すぐに外にでる。朝起きる→運動靴履く→外に出てみる。って感じでランニングを継続する。間に顔を洗うも歯磨きも入れない。取り敢えず水分補給したらすぐ出る。

でね、何が言いたいかって、それなのにブログが継続出来てないのな。
継続が出来ないのは、わりと悔しい。
ただ理由は明確で、フォーマットを固める(頑張らない)ってところが出来ておらず。
何を書くかなー(考える)ってところで止まっている。

取り敢えず初動さえ乗れば、あとは続くので、取り敢えずフォーマットを固める。お付き合いいただけますよう。

日々−ブログを継続するために大事なこと

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仕事中にブログを書かないという習慣に変更したのが2年前。
結果、週4更新から半年に一度の更新になってしまった。
ちなみに本ブログの更新頻度ダウンの理由は、ブログが書けないよくある理由1位「書くこと無い」ってことではなく、書きたいことはあるんだけど、習慣になってないから書けない方。習慣大事。

仕事終わりとか習慣にしようかなってやってたけど、まあ全然習慣化出来ないのな。ついネットしちゃったり、つい本読んだりしちゃう。
ってなると、もっかい原点回帰で改めてブログについて考えてみたんだけど、
書きたいことは大量にあっても、サクサク書けることは結構少ない。ということに最近気づいたんですね。

例えば僕が日常で感じたスタートアップで苦しいことみたいなのって書きたいことのひとつとしても、書くためには爆裂なリソースの投下を必要とされますよね。
問題提起と課題解決だけじゃなくて、起承転結まで考えたりすると、まあ3時間掛かるなとか。
そうなるとブログを書くという習慣も優先度も高くないから。まっいっか。と仕事ループに入っちゃうんですよね。

というわけで、リソースが少なくて書きたいことを書くとすると。
毎日の食材とか、毎日苦戦したタスク書くとか、毎日読んだ本とかが書きたい&リソース不要なんだけど、
そうすると自己顕示欲がこの世に生まれて落ちたときに一緒に生まれたこの世の罪(トガ)「それ誰が読みたいねん」問題がたち現れるんですよね。

で考えた結果、
「自分が今日一番感情を揺さぶられた一言」を書き続ける。
ってのやりたい。

これも誰が読みたいねん問題をキャンセル出来たわけじゃないけどさ、仕事が辛い人(俺)はそんなことが刺さるのね。みたいな気付きになれば嬉しいし。
自分の効用としても、スタートアップ経営者の今日はキモチ落ちすぎて困る問題の根治として、日常の解釈を変えるかもしれないポテンシャルがあって、自分が一番エモった瞬間という心に刺さったことを書くというアウトプットしてたら、多分インプットもプラスな解釈になりそうに思うんですよね。
「あれ。俺いま嬉しかったぞ」とかさ。なんで嬉しかったんだ?って自分の内面に向かい合える。

1ヶ月やってみる。

日々−2018年上司が部下に言われて傷ついた言葉best3

上司として部下にいわれたくない事はいくつもある。
最近言われた部下に言われたくなかったことをまとめる。
ちなみに俺は代表である。小さな会社であるが代表という役職で職務を遂行している。

そのような環境で部下に言われた言われたくなかったことの、第三位は
「今日の井上さんのコーデは10点満点の4点」
これは飲み会の帰り道に言われて、今日一日仕事がんばって、いろんな人と会って、最後にみんなで楽しく飲んだ帰り道に言われる。後は家に帰って寝るだけのタイミングでの一言である。
もう今日という1日をやり直すことはできない後戻り不可の覆盆返らず事案である。できたら言わないで欲しかった・・・。と思う上司は俺だけではないはずだ。
ただ俺も悔しかったので部下に「5点寄りの4?」と聞いたところ「4点寄りの4点っすね」とのこと。「なら4点じゃん」「そうなんす。4点なんす」と部下。

第二位は「井上さんのFacebookて、なんであんなに友達少ないんっすか?」が栄えある2位。
友達数が少ない理由は誰の目にも明らかだが、あえて代表に質問してみるという挑戦的な視座、純粋な顔して聞けば何事も許されるというマインドが透けて見えて問いかけである。
帝愛グループ幹部の利根川幸雄であればFU・・で始まり、ガキが!で終わる、あの名言が出るレベルの質問である。
ただそれに反応しても大人げない。俺はさもありなんな顔して「Facebook始めたの最近やからなあ」と言ったが、もう4年ぐらいやってる。
そして俺は外に出ることも多い役職である。
ええっとここで皆さん勘違いしてらっしゃるようなので一言言っておくと、
俺はリアルに会ったこと無い人でも全然Facebookの友達申請OK派なので、申請に躊躇とか要らないかんね?気軽に申請しちゃっていいかんね?

第一位は「井上さんの顔って学校のクラス毎に一人は居そうな顔ですね」である。
あなたの顔は凡庸であり、汎用であり、ザクであり、サイバイマンであり、モブであるという意を短いセンテンスに濃縮に込めて頂いた一言を1位に。
これはちょっと動揺してしまい「え?」ってリアクションをしてしまうという狼狽っぷり。
部下は「え?」に対し部下は小さく首を振る。医者が最善を尽くしたのですが残念です・・と遺族に伝えるように。

ここまで部下から言われたくなかった一言集を集めて、ひとつの仮説が浮かぶ。
もしかすると弊社の部下たちは俺が代表であることを認識していない可能性がある。なぜなら俺は正式に本人たちの前で「俺が代表です」と伝えたことはないのだ。
彼らに上記を言われたのは飲み会のタイミングだったりするので、俺のことをバスロケしない蛭子さんかなんかと思っているのかもしれない。
「俺は漫画が書けない蛭子さんじゃないんだ。似たように見えるかもしれないけれど、そうじゃない。あれは俺じゃないんだ」

日々−久しぶりのブログ更新に何を書くのか問題

久しぶりのブログ更新において、どうしても何を書こうかな?みたいなキモチになり久しぶりのブログ更新はとても億劫なモノになる。何を書くのか気にせずに「いえーい、昨日焼き肉でカルビ3人前食べた!」みたいなエントリーの更新もアリとすれば、久しぶりの更新でも特に心理的負担は少ないかもしれない。
なんだったらそういうエントリーって会社の代表が書くブログとして新たな境地かもしれない。いわゆる代表者ブログで「食べた焼肉の種別と皿数を伝える」というエントリー中心。

あとそんな更新をするなら、もう一つ大きなメリットがある。それは「ヲチ」という大阪人を縛るあのフォーマットからの脱却ができることだ。
大阪人の会話において「起承転結」か「ヲチ」か「だれかの悪口」以外を認めない通天閣メンタリティからの脱却。
僕のような大阪府民の近くに生を受けただけで、この執拗な追求に心からウンザリしていた。

とはいえ、この何を食ったのかだけをエントリー化するという試みは失敗に終わるのは簡単に想像がつく。なぜなら「ヲチ」は回避できないからだ。「ヲチ」は「ヲチ」であり続ける。「ヲチ」は見えないとしてもあれば必ず存在するのである。
「ヲチ」は逆説の接続詞を用い、自分の姿が世に表出されるのを待っている。
表出のための手段も基本的には逆説である。「ヲチ」は「順接」を嫌う。もちろん「対比」や「並列」や「説明」も望まない。「ヲチ」を掘り出すのは逆説がベターなのだ。

たとえば、
「昨日焼き肉でカルビ3人前食べた、だからお腹が一杯だわ」という順接を一番に嫌う。
「昨日焼き肉でカルビ3人前食べた、なぜならお腹が空いてたから」という説明も意味不明である。
「昨日焼き肉でカルビを食べたか?それともハラミか?」と併設にすると、ただのクイズである。

もしくは「ヲチ」を表出するに使えるは否定である。
「昨日焼き肉でカルビ3人前食べてない」
へー。食べてないんだ?ってなる。そこからジワジワと「ヲチ」の全容があらわになる。黒々しい「ヲチ」のお出ましだ。ぎゃーとか、うごおとか大きめの鳴き声が似合う特大の「ヲチ」の立ち上がりが期待できる出だしである。プリンスで言えばパープル・レインである。あの弦の1音を聞くだけで、これから展開される音楽的構造の大きさにワクワクしちゃうのと同じだ。
もしくは松方弘樹のマグロ釣りと同じ・・・と言おうとしたが、それは違うな。撤回する。

これは多分ピカソが「赤を使わないとしても赤が必然であれば赤はそこに存在する」と言ったのと同じことが「ヲチ」にも言えるのであるまいか。
「ヲチ」を書かないとしても、ヲチが必要であれば、ヲチはそこに現れる」ということが言える。

そして僕は皆さんからの、この文章の「ヲチ」はどこに現れるのか?今のところ片鱗すら見えないが?という心の声は僕にもしっかりと聞こえている。
もちろん結論はSIMPLEだ。この文章にヲチは必然ではなかった。存在しない。今回は表出なし。以上だ以上!!今日は解散!解散!

日々−非エンジニアがエンジニアイベントMobile Act OSAKA #2に参加してみた結果

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※写真はただのチームイベントの写真でございまして、本内容とは関係ありません。まあ写真撮ってないのね。

結果、とても楽しかったよ!
と結論だけ書くと、幼稚園児の遠足の感想文のようになってしまうので、
もう少し具体的に非エンジニアはどのような点を考慮すればエンジニアイベントを楽しめるのかというの点を追記したい。

まずどのようなイベントに参加したのか。
フェンリル社が開催するモバイルアプリ開発の勉強会への参加であります。

ただその前に非エンジニアがイベントで感じた疑問を以下にまとめる。

登壇の発表内容を聞いて思ったこと

・すげー。。抽象的な話がなくて、ほぼ具体的な話。
→もちろん僕が内容がわからないのは自明でどうでもいいんですが、登壇の内容が問題クリティカルな問題解決な具体的な話しか出ない。
ライトニングなトークだから、そういうもんなのか
具体と抽象の橋渡しの回数の繰り返しこそが聴衆の理解である。という自分の感覚からするとびっくらする。

・今回はモバイルアプリのLT(ライトニングトーク)という企画だと、風呂敷が大きくならないのか、喋り手の興味と聞き手の興味が合致は無いか勝手に心配。
なんというか「早めに始める相続税対策」の講習に行って、社団法人の作り方を教えられるみたいな。例が適当じゃないか。
顧客体験命な自分としては、聴衆アンケートにて理解度を取りたくなる。

・なおLT後の懇親会はフェンリル社の食材提供なり!
そして金麦でもなく、スーパードライでもなく、プレモルな件からの、寿司とサンドイッチの流れであります。
名刺に負けないゴージャスさ。感謝!

では本題の面白かった点を。
全体的に登壇内容を聞いても、非エンジニアに技術的な理解が出来るわけなく、
それでも好奇心の源泉として、彼らの思考パターンへの興味である。何を気にして、何を問題として捉え、どのように解決するのか考えるのか。
もっと言えば、問題提起と問題解決の提案方法であり、提案の仕方であり、トレードオフの吸収の仕方である。
エンジニアの人たちの視点が興味である。
効率的なテスト開発、他アプリの階層を見る方法であったり(ちなみにpreconditionとassertの違いはビタイチ分からず。−0だけエラーが出ない?ぐらいの理解)という点からいかにスピーディーに開発するのか?という点からの多様な視点のアプローチに見えた。
具体的なところがなかなか理解できず、自分としては具体的な話から、勝手解釈な強引な抽象化も出来ず、もう少し基礎的な知識があればと悔やむ限り。

ただ一番彼らの視点が分かるは勉強会より終わってからの懇親会であり、図々しくも参加させていただいた二次会で色々と理解できたところも多い。

僕が非エンジニアから見た優秀なエンジニアの定義とは?とか聞かれると、
「先読みしてくれる」とか「これを入れたら、どこに影響ある?」みたいな質問に即応えてくれるとか「将来の拡張可能性を一緒に考えてくれる」という、僕はヌルいことを考えてしまうのだけど、正直なところ、そんなことはどうでも良くて、一番は「顧客のサービス体験」の最大化にコミットが出来るかどうかが優秀なエンジニアの定義であって、その軸からの効率性であり、スピーディーな開発体制なんだろうなと思う。
となると僕の優秀なエンジニアの定義とか瑣末なことで、その体験を最大化するために、経営者としての僕の役目は、いかにエンジニアがそこに集中出来る環境を提供出来るかである。
RPGでも大体最後に強いのは魔法使いクラスタであり、戦士クラスタは壁役である。壁がやることは決まっている。

彼らと一緒にチームを立ち上げ、チームでサービスを作るうえで
エンジニアの人は、何がイヤで、何がムカついて、何にテンションが下がるのか。
何が好きで、どんなサービスを作りたくで、どのように開発したいのか?という点を知る必要がある。
設計の仕方、言語の選択、開発環境。労働環境、それら全てをいかに組み立てるか。
そういうことを知るために懇親会に参加し、色々と質問させて頂き、とても有意義な時間だった。
良い環境を作りたいとつくづく思うし、優秀なエンジニアとサービスを良くするために切磋琢磨したい。

そんな非エンジニアの僕のささやかな興味と独特な好奇心に懇親会で応えてくれた人に感謝を!
図々しくも二次会にまで参加させていただきまして、ありがとうございます!

名前を書いて宜しいのかな。はてなの中の人や、フェンリルの中の人や、IR研究のあの人や、他多数のエンジニアの皆さんに感謝。
また来月弊社もフェンリルさんとクックビズさんにてさくらインターネットさんにて開発イベントに寄せていただく予定にしておりまして、今後とも色々とお話させてください。
何かご一緒にワーク出来ても、出来なくても、互いのシナプスでもニューロンでも何かのを刺激しあえるととても嬉しい。
というわけで、フェンリル様にメシをごちそう様でした!お礼のエントリーまで。